研究課題/領域番号 |
21K00414
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分02040:ヨーロッパ文学関連
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
村瀬 有司 京都大学, 文学研究科, 准教授 (10324873)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2022年度)
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配分額 *注記 |
1,950千円 (直接経費: 1,500千円、間接経費: 450千円)
2023年度: 520千円 (直接経費: 400千円、間接経費: 120千円)
2022年度: 780千円 (直接経費: 600千円、間接経費: 180千円)
2021年度: 650千円 (直接経費: 500千円、間接経費: 150千円)
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キーワード | アリオスト / 騎士物語 / 台詞 / タッソ / ルネサンス / 物語の直接話法 / トルクァート・タッソ / イタリア詩 |
研究開始時の研究の概要 |
本研究はルネサンス期イタリアを代表する英雄詩三作品を対象に、物語の展開と劇的な場面の再現に必要不可欠な直接話法が、定型詩のなかにどのように配置され、いかなる効果をあげているかを数量データに基づいて分析する。 対象となる『恋するオルランド』『狂えるオルランド』『エルサレム解放』は一連八行の詩形で書かれている。この詩連は2行単位で文を展開しやすい。登場人物の台詞もこの形式にしたがって連内に置かれる傾向にある。しかし三作品の直接話法のデータからは、このパターンから外れる固有の配置をそれぞれに確認できる。本研究は特にアリオストの『狂えるオルランド』を対象に台詞の特殊な配置とその破格の効果を考察する。
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研究実績の概要 |
2022年度は、16世紀前半に活躍したアリオストの『狂えるオルランド』を対象に、この騎士物語で使用されている、11音節詩行1行に収まる短い直接話法の配置と特徴を、先行作品であるボイアルドの『恋するオルランド』及び16世紀後半のタッソの『エルサレム解放』のデータと比較検証しながら考察した。 上記の3つの英雄詩はいずれも八行詩節という形式で書かれているが、1行の台詞の配置は、タッソとボイアルドの作品では連末尾の8行目に置かれやすいのに対して、アリオストの作品では連の4、5行目で使用されやすいという違いがある。三作品いずれにおいても、短い直接話法は登場人物の感情を反映した発話であることが多い。ボイアルドとタッソが、この種の台詞を連の末尾において場面のクライマックスを作り上げているのに対して、アリオストは連末尾ではなく連前半の末尾である4行目に短い直接話法を置いて一つの見せ場を作り、それにつづく叙述でその連を締めくくる傾向にある。ここから、感情を発露した台詞ではなく、語り手の叙述によって連を締めくくろうとするアリオストの創作姿勢を指摘することができる。 1行に収まる台詞を詳しく分析すると、その形態は次の4つに分類することができる。①11音節詩行1行全体にわたって展開する、②行頭から始まり途中で終わる、③詩行の途中から始まり行末で終わる、④途中から始まり途中で終わる。この4つの配置を、直接話法の導入表現(「彼は言った」に相当する言葉)の3タイプの配置(前置、挿入、後置)と照らし合わせながら整理し、短い台詞の効果を分析した。 また上記の研究成果を海外の学術雑誌に投稿すべく、日本語の論文草稿をイタリア語でまとめ直す作業を進めた。また本研究の基礎となる『狂えるオルランド』の直接話法のデータを含む日本語の拙論を、加筆修正のうえ、紀要雑誌と京都大学のデポジトリーにイタリア語で公開した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究ではこれまでに『狂えるオルランド』の直接話法の特色として、①3行の台詞が相対的に少ない、②1行の短い台詞が連内で独特の位置を占める傾向にある、③導入表現を直接話法に挿入した形が多い、という三点を数量データに基づいて確認し、このうち前二者について事例の分析を通じて一定の知見をえた。 一方、アリオストの創作姿勢にかんして、本研究が当初想定していたよりも大きな問題が研究の過程で明らかになりつつある。特に1行の直接話法の調査からは、アリオストが、話者の感情をダイレクトに表現する1行の台詞を、8行目ではなく、4行目に多用していること、つまり効果を最大限に発揮できる連末尾に短い台詞を置くのではなく、詩人みずからの言葉で一つの連、一つの場面を締めくくろうとする傾向が明らかになっている。短い台詞を随所に使いながらも、登場人物の情動に読者を過度に没入させることなく、作者の叙述によって一定の節度を保った状態で物語を展開するところにアリオストの創作姿勢が表れている。このようなアリオストの語り口は、この作品の重要な特色である場面転換の技法にも重なり合うと考えられる。多くの先行研究が、クライマックスにさしかかったところで別の場面に話を移動するアリオストの技法を考察してきたが、このような叙述の背後には、劇的な場面から意図的に距離を置く詩人の姿勢が表れている可能性がある。 本研究の直接話法の考察は、このように当初想定していたよりも大きな問題に連なっている。この重要なテーマについて、先行文献を確認しながら慎重に考察を進めているために、作業の進捗状況に遅れが生じている。この検証を進めるにあたっては、時間の制約があるため、あくまでこれまでの直接話法の研究成果に基づいて、その応用として大きな問題にアプローチする方針である。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究は、次の二つの方針に沿って進める予定である。一つは、『狂えるオルランド』の1行の直接話法の研究から明らかになりつつあるアリオストの創作理念の解明である。『狂えるオルランド』に見られる1行の台詞の配置傾向ならびに1行の台詞を数連の間を置いて反復するパターンをさらに詳細に分析することで、劇的な場面の展開に際してあえて叙述を抑制する詩人の創作姿勢を明らかにする。この考察をとおして、ルネサンス的調和と称されるアリオストの作品の特色を、実証的に検証することが可能になる。この作業にあたっては、関連する先行研究の調査を並行して進めながら、自説の精度と意義を効率的に検証していく。 もう一つの方針は、『狂えるオルランド』の直接話法の一つの特色となっている、台詞内への導入表現の挿入のパターンの分析である。アリオストの騎士物語では、導入表現を挿入した直接話法が他の二作品に比べて多い。そして、その台詞内への挿入は、発話の2行目以降になることが相対的に多い。タッソの英雄詩では、台詞の最初の一語の後に導入表現を挿入する形が多数を占め、この特異な配置が多様な効果を生み出しているが、アリオストの作品では発話がしばらく展開したところで「彼は言った」に相当する表現が入るケースが目立つ。この特色を直接話法の数量データに基づいて検証した後に、導入表現の挿入のメカニズムを詩行の韻律と文構成に即して考察する。この分析においては、台詞が導入表現の前置きなしに始まって一定の長さにわたって展開している点に着目して分析を行う。当時のテクストでは、直接話法を明示する視覚記号が使われていない。このような紙面のなかで、台詞の後ろよりに導入表現を挿入した場合、作者自身の叙述と登場人物の発話が一定のあいだ明示的に区別されずに連続的に展開することになる。この連続的な叙述にアリオストの創作の重要な特色が現われていると考えられる。
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