研究課題/領域番号 |
21K15192
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研究種目 |
若手研究
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配分区分 | 基金 |
審査区分 |
小区分46010:神経科学一般関連
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研究機関 | 生理学研究所 |
研究代表者 |
水藤 拓人 生理学研究所, 生体機能調節研究領域, NIPSリサーチフェロー (80847723)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2022年度)
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配分額 *注記 |
4,680千円 (直接経費: 3,600千円、間接経費: 1,080千円)
2023年度: 1,690千円 (直接経費: 1,300千円、間接経費: 390千円)
2022年度: 1,560千円 (直接経費: 1,200千円、間接経費: 360千円)
2021年度: 1,430千円 (直接経費: 1,100千円、間接経費: 330千円)
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キーワード | 温度受容 / TRPA1 / ショウジョウバエ / 温度選好性 / 脂質 / 感覚神経 / 感覚受容 |
研究開始時の研究の概要 |
温度や機械刺激に対する感覚受容の分子実体として受容体タンパク質の同定が進む一方で、その活性化メカニズムには不明な点が多い。近年、受容体タンパク質が局在する場である細胞膜を構成する脂質分子による制御の可能性が様々な形で検証されているが、感覚受容機構への寄与は分かっていない。 本研究では、ショウジョウバエをモデルとして、フォワードジェネティクスによる網羅的な感覚応答スクリーニングと脂質制御遺伝子の分子機能解析によって、温度や機械刺激受容に関わる機能的な脂質分子と、その合成や代謝を制御する遺伝子群を明らかし、脂質分子による制御という新たな観点から既存の感覚受容機構の概念の再構築を目指す。
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研究実績の概要 |
本研究では、感覚神経において物理刺激受容を制御する新規の脂質代謝遺伝子を明らかにすることを目的として研究を進めている。これまでに、ショウジョウバエの表皮感覚神経のトランスクリプトーム解析から、特徴的に発現する脂質代謝遺伝子のプロファイルを得た。それらのうち、現在はエーテル脂質合成遺伝子に着目し研究を進めている。 エーテルリン脂質は中枢神経系での機能やがん細胞におけるフェロトーシスの制御についての機能が近年大きく着目される脂質分子である。 本年度は、エーテル脂質合成遺伝子の全身でのノックアウト個体の解析を行い、温度勾配上での温度選好性に異常が生じることを明らかにした。さらに、エーテル脂質合成遺伝子の高温受容体TRPA1発現ニューロンでの発現抑制も同様の表現系を示すことを見出した。そこでTRPA1チャネルとエーテル脂質の機能連関を解析するため、エーテル脂質合成の有無を制御した培養細胞を樹立し、それらの細胞においてTRPA1チャネルのパッチクランプを用いた温度刺激に対する電気生理学的機能解析を行った。その結果、エーテル脂質はTRPA1の活性化温度閾値を低下させることを明らかにした。 今後は、エーテル脂質が温度受容体機能を制御する分子背景として、細胞膜の物理化学的性状に影響を与える可能性を考え、細胞膜張力や細胞膜の相状態の変化を解析する。さらに温度受容だけではなく機械刺激に対するエーテル脂質合成遺伝子およびエーテル脂質の役割を検証することで、脂質分子が感覚受容および感覚受容体の機能制御に果たす役割を明らかにしていきたい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度はエーテル脂質の温度感覚受容における役割について、ショウジョウバエ個体の解析実験および培養細胞を用いた分子生物学的解析による解明を進めた。 まず、CRISPR―Cas9法を用いたエーテル脂質合成酵素遺伝子の欠損個体を作成した。脂質解析から全身での遺伝子欠損個体ではエーテル脂質の合成が見られなくなることを観察した。このエーテル脂質合成遺伝子を欠損しているショウジョウバエの3齢幼虫個体における温度勾配上での温度選好性を解析した結果、野生型と比較して、より高温域に分布する個体数の増加を観察した。続いて、GAL4-UASを用いた温度受容体発現神経での特異的なエーテル脂質合成遺伝子の発現抑制時における温度選好性を解析した結果、高温受容体TRPA1発現神経における発現抑制が、遺伝子欠損個体と同様に高温域に分布する個体数を増加させることを観察した。 この結果から、エーテル脂質がTRPA1タンパク質の機能を制御する可能性を考え、培養細胞を用いた実験を行なった。実験に使用したショウジョウバエ培養細胞S2R+はエーテル脂質合成遺伝子を発現しておらず、エーテル脂質を持たない。そのためエーテル脂質前駆体の培地中への添加によってエーテル脂質合成を誘導した培養細胞株を樹立し、エーテル脂質の有無によるショウジョウバエTRPA1の活性の変化を観察した。パッチクランプを用いた電気生理学的機能解析から、温度もしくはTRPA1の活性化物質であるアリルイソチオシアネートによって誘導される活性化の最大値は、エーテル脂質の有無によって変化しなかった。その一方で、TRPA1チャネルの活性化温度閾値がエーテル脂質の有無により変化することを見出した。 以上、今年度は感覚受容を制御する脂質分子としてエーテル脂質の温度受容体の活性制御を明らかにすることができたため、進捗状況をおおむね順調とした。
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今後の研究の推進方策 |
次年度は、これらの成果をとりまとめていきたい。現在は、エーテル脂質によるTRPA1チャネル機能制御の分子背景として、エーテル脂質が細胞膜の物理化学的性状に影響を与える可能性を検証している。特にこれまでに機械受容体の活性に関わることが示されている、細胞膜張力や細胞膜の相状態の変化について着目する。このために細胞膜の性状を感知するプローブを用いた蛍光顕微鏡によるイメージングなどを用いて、エーテル脂質の有無による培養細胞の細胞膜性状の変化を解析する。 さらに温度だけではなく、機械刺激に対するエーテル脂質合成遺伝子およびエーテル脂質の役割も検証する。エーテル脂質合成遺伝子を欠損しているショウジョウバエの3齢幼虫個体に対して、von Frey filamentなどによって異なる強度の機械刺激を与え、その影響を観察する。その後、これまで同定されている機械刺激受容体の発現ニューロン特異的な発現抑制によって、どの機械刺激受容体が影響を与えているのかを観察し、そして機械受容体タンパク質に対するエーテル脂質の影響を、エーテル脂質合成を制御した培養細胞での解析を通じて明らかにする。 今後は、これまでに得た表皮感覚神経に高発現する脂質代謝遺伝子の温度・機械刺激応答に対するスクリーニングを継続的に実施し、感覚刺激を制御する脂質代謝遺伝子や脂質分子の全体像を明らかにしていきたい。さらに、エーテル脂質は神経細胞全般での局在が見られることから、温度感受性TRPA1チャネル以外の神経活動を制御するチャネルや受容体などの膜タンパク質の活性制御の可能性についても検証していきたい。
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