研究領域 | 分子夾雑の生命化学 |
研究課題/領域番号 |
17H06353
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
田中 成典 神戸大学, システム情報学研究科, 教授 (10379480)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2022-03-31
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キーワード | 分子夾雑 / 第一原理計算 / 生体分子 / 水 / 非平衡熱力学 |
研究実績の概要 |
(1) 各種ガンの発症に関わるRasタンパク質はState 1とState 2の間の状態遷移を起こすことが知られている。これは構造的にはSwitch 1とSwitch 2の開閉に関係し、これにより細胞増殖に関わる下流へのシグナル伝達に差が現れる。我々は、水中のH-Ras/GTP系を例にとって、この構造遷移の分子メカニズムを分子動力学シミュレーションによって解析し、共同研究者が実験から予想したシナリオと概ね一致することを確認した。また、この構造変化の遷移状態では、Rasタンパク質周辺の水分子が形成する水素結合ネットワークの組み換えが起きることが示唆されている。我々はこの水素結合の各点のon/offに付随する情報エントロピーを定義し、その動的変化によって状態遷移をモニターすることが可能であることを示した。さらに、分子夾雑の生命化学を非平衡情報熱力学として理解する上で重要な進展として、他に以下のような研究成果も得られた。(2) 平衡状態の周りの線形非平衡緩和過程としてよく知られているOnsager-Machlup過程を表現する分布関数を基に、パラメータとして含まれる温度と時間空間における情報幾何学的考察から、この非平衡過程をスカラー曲率(R = -1)によって特徴付ける手法を提案した。(3) タンパク質へのリガンド・ドッキングシミュレーションの精度を向上するためのアンサンブル・ドッキングの手法において、様々な共溶媒を加えることで、より広いコンフォメーション空間を探索する手法を開発した。(4) 生体分子の電子状態を計算する効率的な手法であるフラグメント分子軌道法に関して、溶媒効果の取り入れや、得られたリガンド-レセプター(アミノ酸)間の相互作用エネルギーを情報科学的な手法を援用して実験結果と対応付けて解析する新たなスキームの提案などを行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
「水を通して見る生体分子夾雑系の情報熱力学」というテーマにおける研究のさらなる進展に向けて、上記「研究実績の概要」で述べた論文成果に加え、プロジェクトの今後の展開に備えた以下のような進捗(主としてソフトウェア整備)が、主に外部機関への研究委託や共同研究等を通じて得られた。(1) 植物の光合成系(特に光化学系I)の光応答反応シミュレータのユーティリティーの整備(構造計画研究所と共同)。(2) 酵素反応の遷移経路探索手法(Nudged Elastic Band法)の整備(HPCシステムズと共同)。(3) フラグメント分子軌道法によるフラグメント間相互作用エネルギー(Inter-Fragment Interaction Energy; IFIE)のエネルギー分割解析(Pair-Interaction Energy Decomposition Analysis; PIEDA)に基づくリガンド分子のクラスター分析ソフトウェアの整備(みずほ情報総研と共同)。また、加えて、今後のプロジェクト研究において必要となるであろう計算機システムを購入・整備した。
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今後の研究の推進方策 |
上記「研究実績の概要」ならびに「現在までの進捗状況」で述べたように、今後4年間の研究プロジェクトの運営に向けての土台作りは着々と進んでいる。さらに、「水を通して見る生体分子夾雑系の情報熱力学」研究グループの組織的にも、課題提案時の代表者・田中、連携研究者・蛯名に加えて、神戸大学助教・島村孝平、本プロジェクトの特命講師・栗崎以久男が連携研究者として加わり、研究体制が整ってきた。2018年10月からはさらにプロジェクト研究員が1名追加される予定である。これらの研究チームが協力して、H30年度以降、「水を通して見る生体分子夾雑系の情報熱力学」テーマに関わる理論的手法の整備や計算機シミュレーションの実行を進めるとともに、本科研費新学術領域「分子夾雑の生命化学」の他の研究グループ(公募研究班も含む)と連携して、実験-シミュレーションの共同研究を推進する予定である。H30年度は特に、細胞内環境を想定した添加物(共溶媒・共溶質)が生体分子の構造安定性に与える影響の考察や、細胞内の温度不均一の緩和シミュレーションなどを行う。また、関連した基礎研究として、機械学習や人工知能を用いた分子力場の作成や知識生成などの問題にも取り組むことを計画している。
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