研究領域 | ソフトクリスタル:高秩序で柔軟な応答系の学理と光機能 |
研究課題/領域番号 |
17H06373
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研究機関 | 豊橋技術科学大学 |
研究代表者 |
後藤 仁志 豊橋技術科学大学, 工学(系)研究科(研究院), 准教授 (60282042)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2022-03-31
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キーワード | 結晶力場ポテンシャル / 相転移ダイナミクス解析 / ドミノ型相転移現象 / 有機超弾性現象 / 結晶構造の基準振動解析 / 結晶振動(フォノン)モードによる結晶構造変位 |
研究実績の概要 |
本研究では,ソフトクリスタルが示す様々な新奇現象を理論的に解析するため,(1)金属錯体結晶の結晶力場ポテンシャルの開発,(2)相転移ダイナミクス解析法の開発を主テーマとして研究開発を推進している。現在,A02-01班の伊藤等(北大)が見出したドミノ型相転移現象を示すフェニル(フェニルイソシアニド)金(I)錯体と,A01-02班の高見澤等(横浜市大)が見出した有機超弾性テレフタルアミドを主たる標的として,共同研究を進めている。 (1):ソシアニド金錯体の新しい力場パラメータを決定した。これを用いてX線解析による二つの結晶多形を最適化したところ,実験値とほぼ一致した。しかし,AuAu間距離を正しく表現するために,Morse型関数を用いた相互作用項の導入が重要であることが分った。また,様々なイソシアニド金錯体誘導体の結晶構造を再現するため,複数の力場パラメータを再度最適化する必要があることが分った。力場パラメータが準備されているテレフタルアミドにおいて,偏向圧力下で生成するβ型結晶構造がエネルギー極小構造にならないことが分った。このβ型は極低温下で安定に存在することから,エネルギー極小構造として存在するようにパラメータの再最適化が必要であることがわかった。 (2):イソシアニド金結晶のドミノ型相転移現象を明らかにするため,基準振動解析から結晶振動モードを算出し,これに沿った相転移ダイナミクスの解析を進めている。しかし,この相転移に関わる結晶構造の変位量が大きいため,単位格子の変形を伴うダイナミクスが必要であることが分った。テレフタルアミドの超弾性現象によって生じるβ型結晶構造は,結晶格子γ角を変化させることによって誘起されることが分った。 以上の研究成果の一部は,国内外の学会等で発表するとともに,ソフトクリスタルの様々な数奇現象も紹介するアウトリーチ活動も行なった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
A02-01班との共同研究では,フェニル(フェニルイソシアニド)金(I)の二つの結晶多形構造(IbとIIy)を再現するため,主に金と他の原子との相互作用に関する複数の力場パラメータを決定した。これらのパラメータを用いて最適化した結晶構造は,X線解析で決定された結晶構造と比べて,RMSD15(結晶内15分子の重ね合わせ)で1 A以内の誤差で一致した。こうして開発した結晶力場を用いて,相転移ダイナミクス解析を行なったところ二つの課題に気づいた。一つは,結晶内のAu…Au間距離,Ibで4.7-6 A,IIyで3.2-3.8 Aの差があり,それぞれを再現するためにはAu…Au間に生じる相互作用をMorse型関数(無限遠でゼロに漸近する)で表現する必要があることが分った。また,この問題に関連して,様々なイソシアニド金(I)錯体誘導体の結晶構造を網羅的に再現するためには,力場パラメータをさらに改良する必要があることが分った。もう一つの課題として,相転移ダイナミクスを解析する上で,IbとIIyの結晶構造が大きく異なることから,単位格子の変形を積極的に取り入れることが重要であることも分った。 A01-02班との共同研究では,通常のテレフタルアミドのα型結晶構造に対して,偏向圧力を加えることによってβ型が生じるまでの相転移ダイナミクスを明らかにするため,超弾性相転移を誘発する主たる反応座標の探索を行なった。その結果,結晶格子γ角の変化がそれであることが分った。ただし,γ角のみを変化させた場合,相転移ダイナミクスの結晶エネルギーのプロフィールが不連続になることから,さらに一つ以上の反応座標が関わっていることが示唆された。一方,結晶力場の課題として,β型結晶構造がエネルギー極小点にならないことが分った。
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今後の研究の推進方策 |
ソフトクリスタルの標的となる物質の多くは,計算化学的アプローチによってその学理を明らかにするために,まず,新しい力場パラメータを開発し,精密な結晶力場ポテンシャルを決定する必要がある。また,既に力場パラメータが準備されていたとしても,原子間が近接する凝集系に対して,真空中孤立したまたは気体状態にある分子を再現するために最適化された力場パラメータでは,相転移ダイナミクスを精密に表現することができない。今年度(H29年度)に標的としたソフトクリスタルでは,前者がフェニル(フェニルイソシアニド)金錯体,後者がテレフタルアミドに相当する。これらの課題は,次年度(H30年度)も継続し,より高精度な結晶力場ポテンシャルの開発を目指す。 A03-02班の長谷川等(青山学院大)が取り組む有機ランタノイド錯体は,力場パラメータの問題としては前者に相当する。よく似た物性を示すことで知られるランタノイド系列金属は,これまで理論化学で扱われることはほとんど無いが,長谷川等が見出した発光現象では,様々な色を呈することが分っている。この問題を計算化学で明らかにするため,新しい力場パラメータの開発を,既に共同で推進している。 一方,ドミノ型相転移現象を明らかにするためには,単位格子の変位を考慮した相転移ダイナミクス解析が重要であることが分った。そこで,格子定数の変位を含めたNPTアンサンブルに基づく結晶相転移に特化した動力学シミュレーション技術の開発を開始した。この方法論が汎用技術として確立できると,ドミノ型相転移のように,大きな単位格子の変形を伴う低エネルギー障壁で隔てられた相転移現象のダイナミクスを解析できるようになり,他のソフトクリスタルで観測される数奇現象に対しても適用できるようになる。したがって,今後の研究の推進方策として,最優先で取り組む課題であると考えている。
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