計画研究
哺乳類ゲノムの半分近くを占める転移因子(トランスポゾン)は、近年の解析から、哺乳類ゲノムの進化を駆動してきたことが明らかになってきている。初期胚においては各種転移因子が一過的に発現上昇し、これは転移因子が有胎盤類の全能性プログラムに寄与する可能性を示唆する。私達は、これまで、生殖細胞や初期胚における転移因子制御機構の解析を行い、転移因子と宿主との相互作用を検証してきた。また、生殖細胞・初期胚の解析を推進していくために不可欠な、少ない細胞数で行うエピゲノム修飾、トランスクリプトーム(mRNA及び小分子RNA)、そして、プロテオーム解析技術開発を進めてきた。本研究では、これまで得られた情報と開発した解析技術をもとに、全能性プログラムを解明するために、初期胚における転移因子関連因子の同定とその機能解析を行う。
1: 当初の計画以上に進展している
修飾アンチセンスオリゴ(ASO)を用いてMERV-Lの2細胞期胚における一過的高発現を抑制(knockdown/KD)することに成功した。この系を用いて、MERV-L KD胚の発生を観察した結果、胚発生の遅延と異常な細胞分裂、さらにはゲノム不安定性が誘導され、正常な桑実胚や胚盤胞が形成されないことを明らかにした。この成果はMERV-Lの2細胞期胚における一過的高発現が胚発生に必須であることを示す。また、この結果はトランスポゾンの発現が宿主の発生に不可欠であることを明確に示した、おそらく、最初の例である。ハムスター(golden Syrian hamster)をモデル動物として用い、PIWI遺伝子欠失(KO)ハムスター(PIWIL1及びPIWIL3)の作製し、その表現型解析を進めた。PIWIL1 KOは雌雄どちらも不稔であり、PIWIL3 KOの稔性は、雄は正常、雌は妊娠率及び産仔数の低下を示した。これらの原因を探るためトランスポゾンとpiRNAの配列解析を進めた。現状のドラフトゲノムではギャップ率(17%)が高すぎるため、ハムスターゲノムの再解析を行い、ギャップ率が0.25%の高品質・高精度のゲノム配列を構築できた。このゲノム配列を用いて、ハムスター卵には少なくともサイズの異なる3種類のpiRNA集団が存在すること、さらに、卵の成熟に伴い、これらの発現が変化することを明らかにした。一方、PIWIL1変異体卵では3種類のpiRNA集団の内2種類が消失し、トランスポゾンだけでなく多くの遺伝子が高発現する、また、PIWIL3変異体卵では3種類のpiRNA集団の内1種類が消失するが、トランスポゾンや遺伝子の発現には有意な変化が見られないことがわかった。さらに表現型を説明するエピゲノム解析を行い、PIWIL3変異体卵ではDNAメチル化レベルが低下していることを見出した。
この2つの研究により得られた成果を基にして、哺乳類初期胚における全能性獲得機構及び全能性から多能性へ遷移する仕組みの解明に寄与する。この2つの研究を並行して進め、必要に応じて順次、新規因子に対する抗体や機能欠失動物の作製を行う。さらに、DNAメチル化等のエピゲノム解析を、野生型と機能欠失変異体を比較することで進めていき、完全未分化状態(つまり、全能性)の維持機構に迫る。
慶應義塾大学医学部分子生物学教室のWEBサイトhttp://siomilab.med.keio.ac.jp/
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