計画研究
哺乳類ゲノムの半分近くを占める転移因子(トランスポゾン)は、近年の解析から、哺乳類ゲノムの進化を駆動してきたことが明らかになってきている。初期胚においては各種転移因子が一過的に発現上昇し、これは転移因子が有胎盤類の全能性プログラムに寄与する可能性を示唆する。私達は、これまで、生殖細胞や初期胚における転移因子制御機構の解析を行い、転移因子と宿主との相互作用を検証してきた。また、生殖細胞・初期胚の解析を推進していくために不可欠な、少ない細胞数で行うエピゲノム修飾、トランスクリプトーム(mRNA及び小分子RNA)、そして、プロテオーム解析技術開発を進めてきた。本研究では、これまで得られた情報と開発した解析技術をもとに、全能性プログラムを解明するために、初期胚における転移因子関連因子の同定とその機能解析を行う。
1: 当初の計画以上に進展している
本年度の研究では、MERV-Lの発現を効率よくノックダウンするアンチセンスオリゴ(ASO)を受精卵に注入する系を確立した。この系を用いて、MERVLをノックダウンしたところ、初期胚発生の異常が観察された。これは従来宿主にとって害であると考えられていたトランスポゾンの発現が胚発生に必須であることを示す(論文投稿中)。 また、従来マウスにおいてはDUXが唯一のパイオニア転写因子であると思われていたが、DUXと冗長的に機能する新規パイオニア転写因子としてObox4を同定した(論文投稿中)。一方、LINE1 ORF1タンパク質に対する特異的なモノクローナル抗体を作製し、L1 ORF1タンパク質と特異的に相互作用するタンパク質を同定した。さらに、これら相互作用因子の機能解析のためにLINE1転移能をアッセイする系を立ち上げ、この系を用いて、相互作用因子がLINE1転移能に及ぼす影響を調べたところ、初期胚において、ALSの主要危険因子であるTDP-43が強くL1の転移を抑制することを見出した。これはTDP-43が初期胚ゲノムをL1転移から守護していることを示す(論文投稿中)。一方、ハムスター(golden Syrian hamster)をモデル動物として用い、PIWI遺伝子欠失(KO)ハムスターの作製及び系統維持に成功した。PIWIL1 KO及びPIWIL3 KOハムスターを作成し、これらの表現型解析を進めたところ、PIWIL1 KOは雌雄どちらも不稔であり、PIWIL3 KOは雌不稔であった。表現型の詳細を細胞及び分子レベルで解析を行い、それらを纏め論文にすることができた(Hasuwa et al., Nature Cell Biology 2021)。
上述の研究により得られた成果を基にして、哺乳類初期胚における全能性獲得機構及び全能性から多能性へ遷移する仕組みの解明に寄与する。特に、初期胚におけるトランスポゾン(MERVL, MERVK, L1)の解析を並行して進め、必要に応じて順次、新規因子に対する抗体や機能欠失動物の作製を行う。さらに、DNAメチル化等のエピゲノム解析を、野生型と機能欠失変異体を比較することで進めていき、完全未分化状態(つまり、全能性)の形成とその維持機構に迫る。
慶應義塾大学医学部分子生物学教室のWEBサイトhttp://siomilab.med.keio.ac.jp/
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