研究領域 | 構成論的発達科学-胎児からの発達原理の解明に基づく発達障害のシステム的理解- |
研究課題/領域番号 |
24119006
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
熊谷 晋一郎 東京大学, 先端科学技術研究センター, 特任講師 (00574659)
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研究分担者 |
向谷地 生良 北海道医療大学, 看護福祉学部, 教授 (00364266)
加藤 正晴 日本電信電話株式会社NTTコミュニケーション科学基礎研究所, 人間情報研究部, リサーチ・スペシャリスト (20408470)
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研究期間 (年度) |
2012-06-28 – 2017-03-31
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キーワード | 当事者研究 / 自閉症スペクトラム / 聴覚過敏 / 慢性疼痛 / 語用論 |
研究実績の概要 |
本研究課題では、① 当事者研究によって導かれた仮説の学術的定式化と同仮説の検証、② 発達障害者における聴覚過敏と慢性疼痛の実態・機序解明と支援法開発、③ 当事者研究自体が持つ治療的意義の検証 の三つを明らかにすることを目指している。 ①については、当事者の記述を先行研究も加味して検討し、手続記憶、意味記憶、エピソード記憶の各レベルにおけるまとめあげ困難によってASDの認知的経験が説明でき、その背後に制御系の非典型性が存在するのではないかと推定した。この仮説に基づく検証実験では、自己音声遅延フィードバックによる発話の乱れが自閉症傾向と相関することや、ASD者におけるパーソナルスペースの狭さ、顔画像スキャンパターンのランダムさ、自伝的物語の構造の違いなどを明らかにしつつある。 ②については、聴覚過敏のリスク要因として、「睡眠障害」「不安障害」「頭頸部手術の既往」の三つが同定され、AQサブスケールのうち、「細部への注目」以外のすべてが聴覚過敏スコアと有意に相関していた。さらに聴覚過敏が左耳の機能と有意に相関し、選択的聴取の困難はAQスコアが両耳間時間差と有意に相関していた。ASD者が抱える慢性疼痛は、TD者と痛みの強度は同等だが、身体活動制限や抑うつ気分・不安・睡眠障害が重度で、破局的思考が顕著であった。 ③については、ASD児はTD児よりも語用論的な発達がゆっくりではあるものの、ある年齢でcatch upするということが明らかになった。また、当事者研究会の会話分析を行ったところ、言いっぱなし、聞きっぱなしという独自の社会的秩序が存在し、発達障害者にとって自分語りや相互理解をしやすくする様々な条件を備えている可能性が示唆された。さらに共有知のプラットフォームとして、ウェブ上に「当事者研究ネットワーク」(http://toukennet.jp/)を開設し、当事者研究の実態調査とアーカイブ化を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初予定していた、当事者によるファシリテートのもと当事者研究を月に二回の頻度で開始し、その様子を継続的に記録していくという計画は予定通り遂行されている。また、 その記録の分析についても会話分析に専門家と当事者との共同によって行われており、すでに国内での学会発表を行い、現在査読論文執筆中である。ASD児の語用論的発達についても想定外の知見が得られた。 当事者研究から出てきた「情報のまとめあげ困難説」の学術的定式化については、学位論文として出版され、現在は他の計画班が提案するモデルとの統合にむけて準備を進めている。また仮説検証実験については、当初、感覚運動統合を評価するbound/stream課題、くすぐり課題、鏡映描写課題時の時間遅れ耐性について、ASD者とTD者での比較を行い、差異がみられた場合には統合の時間窓の柔軟性に関する課題へと進む予定であったが、bound-stream課題で明らかな差異が認められず、むしろ同時性判断はASD者のほうが正確という結果を得た(TDは40ms程度音が遅れた方が同時と感じやすいのに対し、ASDのほうは10ms程度の音の遅れの時にもっとも同時と感じやすい)。従ってその理由を検討する実験を新たに計画するとともに、当事者の仮説をもとに当初予定にはなかった感覚運動統合の別のレベルに関する実験を開始した。その結果、ASDにおける狭いパーソナルスペースや、聴覚フィードバックの遅れによる発声の影響されやすさ、顔認知におけるスキャンパターンの特徴など、想定外の知見が実証されつつある。 聴覚過敏と慢性疼痛については、当初予定していた通り、ASDとの合併等に関する疫学的な実態調査や機序解明について予定通り進んでおり、合併率の高さや、ASDの特徴のうちどの部分が過敏や疼痛と相関しているか、ASD合併例と非合併例における過敏や疼痛の特徴の差に関する知見が得られつつある。
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今後の研究の推進方策 |
①については、当事者の認知的な経験を説明する「情報のまとめあげ困難説」を、行動的な側面を説明する他班のモデルと統合することを試みる。引き続き、情報のまとめあげ困難説を作業仮説として、発声制御以外の感覚運動協応をASD群とTD群で比較するために、当初予定していたくすぐり課題、鏡映描写課題を行う。また、ASDのパーソナルスペースが狭くなる原因の解明に焦点を当てるために、接近してくる人や物体が自分にぶつかるかどうかを判断する実験系を用いて、生理指標との関連もふまえた更なる検討をする。加えてASDの自己運動に対する帰属性についても研究する。そして引き続きASDにおける自伝的記憶の定量化システムの構築を行い、well-beingとの関連について検討するとともに、B01班と、自伝的記憶とfMRIで測定されるDefault-mode networkの機能的結合との関連に関する共同研究を行う。 ②については、聴覚過敏の検査結果に基づいて、聴覚過敏者を対象に補聴器によるフィッティングを行い、効果を判定する。また、発達障害における慢性疼痛の特徴を、質問紙票調査や、各種実験的な手法を組み合わせることで、明らかにしていく。 ③については、当事者研究者を対象にコミュニケーション科学の専門家による講義と議論の場を設ける。その知識を起点に、TD者との比較において、ASD者の身体性に合った語用論的秩序についての質問紙票調査を行う。また、当事者たちがエスノメソドロジー/会話分析(EM/CA)の方法を学ぶことが、社会的認知を支援しうるかどうかについての研究を行う。さらに、約15年間にわたり継続してきた「べてるの家」での当事者研究のビデオ記録を対象に、一人一人のメンバーの語りの変化や、ファシリテーション技法の変遷、一人一人のファシリテーターの変化、ファシリテーション技法と個々の語りの関連などについて縦断的に分析する。
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