計画研究
本研究の目的は哺乳類細胞において細胞競合を司る分子メカニズムをストレス応答の観点から明らかにすることである。平成27年度は、(1)ゲノムワイドsiRNAスクリーニングによる網羅的アプローチ、および(2)ライブイメージングによる細胞競合プロファイルの解析、の2つについて行った。(1)については、ヒトやマウスの培養細胞で細胞競合モデルの作製に取り組んだ。哺乳類の培養細胞を用いた細胞競合系はすでにイヌの細胞であるMDCK細胞で作製されているが、我々が所有するsiRNAライブラリーはヒトまたはマウスのゲノムを対象にしたものなので、ヒトまたはマウスの培養細胞の細胞競合モデルの作製はゲノムワイドsiRNAスクリーニングを行うために必須である。そこで、ヒト乳がん細胞株であるMCF-7細胞を用いたモデル系の構築を試みた。MDCK細胞と同様にTetracycline誘導性にScribbleをノックダウンするMCF-7細胞を樹立し、正常細胞と混合して細胞競合が観察されるか検討した。しかし、MDCK細胞と異なり、Tetracycline添加後にわずかなScribble欠損細胞の減少しか観察されなかった。Scribbleのノックダウン効率が十分でない可能性を考え、CRISPR/Cas9システムを用いてScribbleをノックアウトしたMCF-7を樹立した。しかし、正常細胞と混合してもノックダウン系と同様にScribble欠損細胞のわずかな減少しか観察されなかった。そこで、細胞極性を保ち、MDCK細胞と同じ腎臓由来であるマウスのIMCD-3細胞を用いて細胞競合モデルの作製を開始した。(2)については、MDCK細胞でScribble欠損による競合モデルにおいて、Tetracycline添加後どのような時間経過で細胞競合が誘導されるかどうかについて、ライブイメージングにより解析を行った。するとTetracycline添加後40時間後に細胞が断片化して死んでいくScribble欠損細胞が観察され始め、54時間後でも同様に死んでいく様子が観察された。
2: おおむね順調に進展している
本年度はヒトやマウスの培養細胞を用いて細胞競合系の構築に取り組んだ。MCF-7を用いて細胞競合モデルを構築することが出来なかったが、Scribble欠損による細胞競合が起こるためには細胞極性が必要であることが示唆された。この結果を受け、極性を保っているマウスの腎集合管由来の細胞であるIMCD-3細胞を用いて細胞競合モデルの作製に着手した。この細胞株を用いて細胞競合モデルの作製に成功すれば、ゲノムワイドsiRNAスクリーニングが行えるだけでなく、Scribbleの欠損による細胞競合が起こる条件がわかり、細胞競合のメカニズムの理解につながる。さらにライブイメージングのプロファイル解析からは細胞競合が起きる時間スケールが明らかとなった。この情報はCandidateアプローチで行う既知のストレス応答分子の検討における、阻害剤を処置する適切な時間の情報を得ることができた。以上のことから計画がおおむね順調に進展していると言える。
ゲノムワイドsiRNAスクリーニングに関しては前述した通り、マウスの腎集合管細胞であるIMCD-3細胞を用いて細胞競合モデルを作製する。恒常的にGFPを発現し、テトラサイクリン誘導性にshRNAを発現させることでScribbleをノックダウンできる細胞の作製、およびCRISPR/Cas9システムを用いたノックアウト細胞の作製をすでに始めている。作製した細胞で、細胞競合が観察され、条件検討によって系の安定性を高め、スクリーニングを行う予定である。ゲノムワイドのスクリーニングはハイスループット性を保ったまま行うために、正常細胞とScribble欠損細胞の両者をsiRNAが配置されたwellで混合培養して行う予定である。これまでの研究に加えて、MDCK細胞のScribbleノックダウン細胞における網羅的トランスクリプトーム解析を利用した細胞競合関連因子の探索を行う。MDCK細胞はイヌ由来の細胞であるため、ゲノムワイドsiRNAスクリーニングで用いることはできないが、Tetracycline誘導性のScribbleノックダウン細胞で観察される細胞競合現象は安定した有効なモデル系であることは確認できている。そこで新たにMDCK細胞においてScribbleをノックダウンした際のトランスクリプトーム変化の網羅的解析を行い、細胞競合のはじめに正常細胞と変異細胞が互いの違いを認識する分子メカニズムについて解析を行う。
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