研究概要 |
欧米において古くから研究されてきた欧米の脱髄性脳疾患に比べ,日本における脱髄性脳疾患の病態はそれらとは異なっていることが1970年以来の我々の日米共同研究で明らかにされてきた。 他方,世界の4分の1の人口を占めながら,その実態が殆ど知られていない同じ東洋人である中国の脱髄性脳疾患は日本や米国例とも異なる特異性をもつ可能性が疑われた。このことから本研究は,中国の脱髄性脳疾患剖検例を日本並びに米国の剖検例夫々140例と比較検討し,その「実態の一部」なりと明らかにし,世界の盲点の一つを埋めることを目的として平成元年度に発足し,以来3カ年が経過した。第1年度は天安門事件勃発と時を同じくし多大の計画変更に迫られた。しかし第2年次,第3年次は予想以上の成果を修めることができたと自負している。すなわちこれまで中国内の文献でその存在が疑われた施設に加え,後述する全中国に亘るアンケ-ト調査に基づく施設を徹底的に調査しつつ今日に至った。 即ち,その施設名と検討対象になった症例のうち脱髄性脳疾患(バロ-,多発性硬化症)と思われる剖検例数,並びに類緑疾患と考えられる剖検例数を( )内に順次示せば以下のごとくである。ハルビン医科大学/ハルビン 2,白求恩医科大学/長春 10(2),中国医科大学/瀋陽(臨床例と中国全土の情報集積箇所),北京協和医院/北京 3,宣武医院/北京 2,人民解放軍総医院/北京 3,北京医院/北京 2,北京医科大学第一医院/北京 2,北京医科大学第三医院/北京 2,西安医科大学/西安(2),第四軍医大学/西安 1(1),華西医科大学/成都 3,第三軍医大学/重慶 1(2),重慶医科大学/重慶 2,蘇州医学院二院/蘇州 1(1),金陵医院/南京 1,安徽医科大学/合肥 1(1),上海医科大学一院/上海(3),中山医科大学/広州 1 以上,今日での合計は37剖検例と(12剖検例)となった。 これらは夫々各施設の秘蔵の剖検例として保存されていたもので,それを本研究の検討対象にして戴くための信頼関係を築くのに,各施設ごとに配慮と努力が必要であった。しかし結局大多数の剖検例は快よい了承を戴き,標本の一部は一時借用の形で検討することもでき,その標本作製や検討が順調に進行しつつある。 今日まで得られた最も重要な結論として以下の点があげられる。(1)バロ-氏病の多くの例が臨床的に比較的急性の脳炎と考えられる症状を示し発症していること。(2)バロ-氏症のなかには臨床的に軽い後遺症を示しながらも軽快する例があること。(3)同一脳内に,欧米の多発性硬化症と同じ組織像を示す病変と,明らかにバロ-氏病としての同心円硬化症が同時に認められる剖検例が幾例か認められたこと。 これらの知見は今後世界の脱髄性脳疾患の発症機序とその理解にとって,極めて大きな意味をもっていると考えたい。特に第3の知見は多発性硬化症と同心円硬化症が少なくとも同一ないし類縁した機序のもとに発症しておるること,両疾患を同一カテゴリ-内の疾患と考えることの正しさが証明されたとみてよい。しかもこのことからは,多発性硬化症は急性の脳炎様症状を示し,時に長く寛解する症例があるバロ-氏病と類縁ないし同一の機序によって発症しているすることも示唆している。 他方,第2年度の調査が終わる頃,なお機例もの秘蔵の症例が隠れている可能性が強く疑われた。そこで第3年次に入って全中国の主要な大学や病院に対し,すでに中国における脱髄性脳疾患例が本研究の検討対象になっている経過などを説明し協力を依頼した。その結果,多くの施設から極めて好意的な反応を戴き,その一部は第3年次訪問に含めることができたが,その後に返答された症例が多数あることから,平成4年度に本研究課題と同じ課題を単年度課題として提案させて戴き,内諾を得た。これにより,平成4年度に最後の調査を行い,全ての症例を俎上に上げることが可能となった。出来れば平成4年度末に中国の研究分担者並びに協力者を研究代表者のもとに招聘し,日中合同の総合的研究会を開催する事を希望している。これによって10億余の人口をもつ中国における脱髄性脳疾患の少なくとも骨格は明らかにしうると信じている。
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