ほ乳類動物細胞の細胞周期進行において、細胞が分裂期へ移行する時の必須な現象としてH1ヒストンの高度な燐酸化が考えられる。この分裂期における、H1ヒストンの燐酸化を触媒するH1ヒストン燐酸化酵素の精製およびこの酵素の活性制御機構を知ることを目的に研究をすすめた。精製の出発材料としては、マウス乳ガン由来培養細胞FM3A細胞を用いた。精製は、まず、核の0.4M塩化ナトリウム抽出画分を硫安沈澱後DEAEセルロ-ス、SPセファデックス、モノS、モノQ、ス-パロ-ス12、ハイドロキシルアパタイトの各カラムを使用しておこなった。この精製の際、基質としてH1ヒストンの分裂期での燐酸化部位の共通一次配列リジン-スレオニン-プロリンを含む、11アミノ酸残基からなる合成ペプチドを用いた。このペプチドの使用により、他の燐酸化酵素の活性は検出されず、このH1ヒストン燐酸化酵素活性のみ検出された。最終精製標品では、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動で分子量34Kと35Kに主な蛋白質バンドが確認され、しかもこのバンドが精製過程で活性に対応すること、およびゲルから蛋白質を回収し、酵素活性を測定したところ、これら34K、35Kの蛋白質バンドのところに活性があることが明かとなった。精製された酵素の基質特異性を調べると、H1ヒストンに対し特異性が高く、コアヒストン、ホスビチン、カゼインはほとんど基質として用いることができなかった。さらに、合成ペプチド基質のリジン-スレオニン-プロリン配列中のリジンをアラニンまたはグルタミン酸に、またプロリンをリジンに変えた場合に基質となり得ず、この配列中のリジン、プロリンいずれも基質となるために必須なアミノ酸であると考えられた。さらにここの酵素はリジン-スレオニン(セリン)-プロリン配列を持つ、H1ヒストン以外の蛋白質も燐酸化することが確認された。この蛋白質の中にはがん抑制遺伝子として知られる網膜芽細胞腫遺伝子の産生蛋白質(Rb蛋白質)も含まれた。さらにこのH1ヒストン燐酸化酵素は、マウスのcdc2キナ-ゼと同一酵素であることが確認できた。
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