昨年度におこなった課題において、カラスがヒトの表情写真を実際の人物と同じように認知することができたことを報告したが、写真に写ったヒトの表情を弁別する際にカラスは口などの顔の下部分を主要な手がかりとし、目の部分に注目することはなかったことも示した。ヒトを含む霊長類では目はコミュニケーション信号として重要な意味を持っている。本研究では、カラスがヒトの顔を見る場合に目の部分に注意が向いているかどうかを確認するために、ヒトの視線を弁別させる課題をおこなった。 実験装置として正面パネルに液晶モニターを設置し、ほぼ実際の人物の顔の大きさの動画が提示されるオペラント箱を用いた。この正面パネルの上下左右には反応キーが取り付けられており、カラスにはパネルに提示された人物の視線方向(顔を出来るだけ動かさず、目線だけを上下左右に移動させた動画刺激)と同じ方向にあるキーをつつくことが要求された。それぞれ4方向に動く人物の視線刺激をランダムに7回ずつ提示し、連続2日間、1方向あたり4回以上の正解を全ての方向について得た時点で視線を弁別することができたと判断した。 その結果、7羽のうち5羽のカラスは70日かかっても、視線方向と同じ側にあるキーに正しく反応することができなかった。視線に対してより注意を向けるために目の部分以外を部分的に遮蔽した場合、また単純に白黒で目を描き、目を実際の人物と同じように動かした刺激を提示した場合についても検討したが、視線方向が示す反応キーを正しく選択することはできなかった。残りの2羽について基準に到達することができたが、視線ではなく顔全体の動きを手がかりとして弁別していたことが考えられた。ほとんどのカラスにおいて、視線を弁別することができなかったことは、ヒトの表情を認知する際に顔の下部分を手がかりとしていた結果を支持する。
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