研究期間における成果は次のとおりである。1.ドイツ近世神秘思想文学は一三世紀から一四世紀初頭にかけて開始される。この時期の代表的思想家はエックハルトである。彼の実践的神秘思想は、ラインラントを中心に広まったデヴォチオ・モデルナにまず継承される。2.この思想の特徴は、内面世界の強調、精神ないし霊の運動の絶対性、実践的神秘体験の重視、個人主義の尊重、反自然的態度、終末論的解釈等に求められる。3.一五世紀にヨーロッパ的規模でヘルメス学の伝統が復活したが、その自然観はパラケルススによってエックハルト以来の神秘思想文学と融和統合されることとなる。宇宙万象は神の意志を間接的に示すシグナトゥラ(徴)であると解され、これを読み解くには神との合一が必須とされる。4.キリスト教自体に反自然的傾向が強いことを反映して、神秘思想文学の主流も魂という内面世界をもっぱら重視し外の自然を軽視する姿勢が強い。仏教的宇宙観と相違する点である。たとえば一七世紀中葉の詩人シレシウスの詩作品はそれを如実に示している。5.一七世紀初頭のベ-メによって開始される神智学は、超越的な神性が自己展開して宇宙万物、人間、歴史等とどのように関わるのかを壮大な規模で抽出する。この神智学によってドイツの神秘思想文学運動は新しい段階に入る。6.一七世紀後葉から一八世紀前葉においてベ-メから決定的に影響を受けた者として、神の知恵ソフィアの導きによる禁欲苦行と合一の道を説いたギヒテル、神秘思想文学の歴史を異端史と重ねながら明示したアルノルト、終末を告知し現世批判を展開した詩人、預言者ク-ルマン等がいる。また、この時期から全ヨーロッパ的規模で神秘思想文学を総合的に把握する著述が輩出し始める。しかし、ベ-メの無に関する思索とヘルメス学的側面がベ-メ主義者においてすら脱落する傾向が強いことはキリスト教神秘思想の特徴として注目すべき点である。
|