研究課題
国際学術研究
敦煌莫高窟をフィールドとした調査研究を行った。前年度に引き続き、洞窟内の壁画、塑像から顔料サンプルを微量採取し、敦煌研究院および東京国立文化財研究所で、偏向顕微鏡観察、エックス線回析分析、傾向エックス線分析、EPMA分析等によって調査した。また、壁画面に晶出した塩結晶についても同様に分析調査を行い、地質調査、環境調査等と総合して、検討、考察した。その結果、得られた知見は下記の通りである。1.顔料の変褪色(1)赤色顔料敦煌莫高窟壁画、再塑像においては、赤色顔料が褐色、黒色に変色していることがよく知られており、その原因は鉛丹(Pb_3O_4)の酸化によるものとされている。本研究においても鉛丹(Pb_3O_4)→酸化鉛(PbO_2)の反応が明白に観察され、従来いわれていたことが事実として確認された。このような酸化現象がなぜ起きたかについては定かではないが、古い時代のものほどこの現象が顕著であることから、時間のファクターが重要であることは確かである。従来、上記変色と思われていたものの中に、ベンガラ(Fe_2O_3)→硫化鉄(FcS_2)という変化のものが含まれていることが確認された。酸化鉄は非常に安定した物室であり、このような化学変化が起こっているとは全く予想されていなかった。本発見は従って、新発見ということができる。この場合のS(イオウ)がどこから来たのかについては非常に興味のある問題であり、イオウ起源を探るための水の分析を行っているところであるが、今の所特に知見は得られていない。(2)緑色顔料敦煌莫高窟に限らず古代の顔料においては、緑色は安定しており変褪色はほとんどない。しかし、本研究の結果、変色はないものの、科学的には変化していることが明らかとなった。それは、マラカイト(Cu_2CL(OH)_3)がアントレライト(Cu_3SO_4(OH)_4)に変化していたのである。このことは、変褪色が見られない場合でも、科学的分析を行う必要があることを示しているということができよう。2.壁画面への塩類の晶出壁画の剥落の大きな原因の一つに、壁画面への塩類の晶出がある。この塩が何であるか、また、どういうメカニズムで塩が形成されかについて総合的に調査した。調査を行ったのは、莫高窟の最上部に位置する第194窟と最下部に位置する第53窟である。晶出している塩は、第194窟では純粋な食塩(NaCl)、第53窟では純粋な石膏(CaSO_4・2H_2O)であることが確認された。これらの塩の晶出メカニズムは次のように考えることができる。第194窟は崖の最上部に位置し、雨水が直接しみこむ状況にある。岩体にしみこんだ雨水は岩体中に多量に含まれている食塩(NaCl)を溶かし込み、第194窟の天井壁画に到達してから洞窟内で蒸発する。この時壁面で食塩(NaCl)が結晶化するのである。この結晶の形成は大量の水が供給されれば容易に起こりうると考えられ、このことは、洞窟内水分蒸発可能量の測定においても確認された。第53窟は崖の最下部に位置し、直接雨水がしみこむことはなく、地下水の影響を受ける。しかし、乾燥地帯であり地下水の量は極めて少ないため、地下水が上昇して壁面から蒸発し塩を晶出するとは考えがたい。このことは洞窟内水分蒸発可能量の測定からも確認された。種々の検討の結果、石膏を晶出するに至った水分の供給は莫高窟の前を流れる大泉河の氾濫によるものと考察された。大泉河の水には大量の硫酸イオン(SO_4^<-2>)が含まれていることが水質分析の結果明らかとなっており、また、実験の結果、第53窟壁面の下地材料に大泉河の水をしみこませて蒸発させると、容易に石膏(CaSO_4・2H_2O)が形成されることが確認されたのである。
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