研究課題
1993年度の研究実績は、各自が個別的に諸論文を発表したほかに、二日間にわたる研究合宿を行ない、下記の諸テーマのもとに研究発表と綿密な討議を行なったことである。まず、東北学院大学の佐々木俊三氏は、「フロイトの自己同一性をめぐって」なるテーマのもとに、自己、他者という概念が絶対的独自性をもつものではないことを論じた。例えば、ある未開社会では、ペルソナは名によって表わされるが、名は祖霊であり、それが社会的役割の一切を担い、そして、各個人、各階級の間に分配され交換される。自己と他者とのこのような転換は、さらに、精神病、ナルシズムなどの例によって追跡され、自己概念の危うさが浮き彫りにされた。次に、東北大学の加藤氏は「ルネサンスにおける技術と芸術」なるテーマのもとに、ニコラウス・クザーヌスの技術論を論じた。すなわち、クザーヌスにおいて、宇宙は中心をもたない無限大のものだが、神は数を媒介にして、これを創造した。それ故、宇宙は数によって書かれている。したがって、神の技術の似像である人間の技術もまた、数、比率、形相を認識し、これに従うものでなければならないことが指摘された。第二日目に入り、東北大学の清水哲郎氏は、「Ars moriendi」なるテーマのもとに、自然死における自然とは何か、尊厳死における人間の尊厳とは何か、と問い、それが「人間の生の質(quality of Life)」をいかに理解するか、に依存することを論じた。最後に、東北大学の野家啓一氏は、「ベンヤミン『複製技術時代の芸術』の一考察」なるテーマのもとに、芸術作品の唯一性、個体性、それに伴う神聖性が、複製技術の出現により今や消減しつつある時代に入ったこと、その結果、技術と芸術との境界が曖昧になりつつあること、そこから逆に何か新しいものが生まれる可能性があること、を語った。これらの諸発表について、集合した全研究者は二日間にわたり厳しい討議を行ない、問題の困難さと広がりについて知見を深めた。
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