生体内必須アミノ酸であるL-システィンのような含硫有機配位子が配位した単核錯体は、硫黄原子の高い求核性のため、種々の金属イオンと容易に反応して、硫黄架橋多核錯体を形成すると考えられる。この種の多核錯体の構造や反応性等の研究は、生体系中の微量金属イオンまわりのモデルや触媒等の機能性材料を設計する為の基礎データとして重要である。本研究は、L-システィンやその類似含硫有機配位子を配位した9、10族遷移金属単核錯体と、種々の配位様式をとると考えられる遷移金属イオンとの反応性を追及し、単核錯体部分の構造を選択的に保持する硫黄架橋多核錯体の合成経路を経討すると共に、硫黄架橋多核錯体の立体構造と種々の金属イオンの配位様式との関係及び分光化学的、電気化学的性質との関連性を明らかにした。まず、含硫有機配位子をfacial配位した9族遷移金属単核錯体を合成した。この単核錯体が、その配位硫黄原子でコバルト(II)イオンに架橋配位した硫黄架橋八核錯体を合成、単離した。空気中で容易に酸化を受けると考えられるコバルト(II)との反応において、八核構造中に四配位四面体構造の安定な形でコバルト(II)を固定化することができた。現在、得られた自然分晶を示す錯体の代表的なものについて、X線結晶解析法により固体中の立体化学を考察すると共に、それら錯体の酸化還元挙動や、分光化学的、立体化学的性質について検討している。また、四配位平面型銅(II)イオンとの反応では、銅(II)イオンが三配位平面構造をとる銅(I)イオンに自然還元され、ジスルヒド結合を有する八核錯体を形成することを明らかにした。さらに、直線型配位様式を取りやすい水銀(II)との反応性についても検討し、新規多核錯体を合成する事ができた。これら得られた硫黄架橋多核錯体の性質や物性についても検討を行なっている。
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