新たな分子細胞遺伝学的手法を用いて、環境因子の遺伝的影響をより正確に評価することを目的とした。ヒト各染色体特異的DNAライブラリー3種類(第2、4、8番染色体)を用いた染色体ペインティング法による染色体転座の自然ならびに誘発出現頻度の査定を行なった。先ず、ヒト培養リンパ球においてX線(1-3Gy)により誘発された染色体の構造異常(二動原体染色体、転座)の出現頻度を比較した。第2、4、8染色体が関与する構造異常がこの方法により明確に検出できる。これらの染色体のDNA量はヒトゲノムの20%と推定されることから、3染色体のデータから推定される全染色体での染色体異常についても推定した。これにより、以下のことがわかった。第一に、3染色体が関与する転座型異常は二動原体型異常よりも多く出現すること、第二に、3染色体における異常の出現頻度に基づいた全ゲノムでの染色体異常の推定値は、全染色体について調べた二動原体染色体の観察出現頻度より有意に高いことである。今回プローブとした染色体は比較的大型のものに偏っているのでこの推定値の妥当性については検討の要があるが、従来の二動原体を指標にした放射線の遺伝的影響の推定値は過小評価である可能性が出てきた。今後は、中・小型染色体についても同様の方法で調べ、今回のデータと合わせて、より正確な線量効果関係を求めたい。放射線ばかりでなく各種変異原での応用を目指し、DNAレベルでの染色体異常を指標としたシステムを確立し人間環境がもたらすヒト・ゲノムへの影響の査定とその軽減のための方策を講ずるための基礎データとする。
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