この研究は19世紀前半のイギリス思想界について、商業文明に関する政治的・道徳的・経済理論的な判断をベースとする諸潮流の交錯という観点から解明することを意図して設定された。初年度(1993年度)には第一にカ-ライルの『過去と現在』を主題的に検討し、ロマン主義の商業文明批判が単に情緒的なものではないことを示し、第二にJ.S.ミルの思想形成をとりあげ、トクヴィルの影響下にあった1830年代半ばに、アメリカ像を媒体に商業文明観の転換があったことを示した。今年度(1994年度)にはこれをもとに、以下の点の解明を行なった。 第一に、日本で開催された功利主義研究国際会議(Fourth Conference of the International Society for Utilitarian Studies)において報告し、1830年代のミルの商業文明観について問題提起した。とくにmodernity論の観点から1840年のミルのトクヴィル評価をとりあげた点が、今年度の進展である。第二に、カ-ライルの主著『衣服哲学』を社会思想的に検討する準備として、とくに「時代の徴候」や「特性論」を中心にした1830年前後の著作を検討した。カ-ライルは現代を自己意識の呪縛に囚われたものとして描き出すが、この見方はF.シュレ-ゲルをはじめとしたドイツ思想の影響のもとで獲得されたものなのである。 なお、萌芽的研究として今後の見通しをつけるという意図で、今年度においてはヴィクトリア朝経済思想に造詣の深い内外の研究者からレクチャーを受けた。また、ホェイトリ-R.Whatelyをはじめとした文献調査をある程度進展させることができた。
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