この研究は19世紀前半のイギリス思想界について、商業文明に関する政治的・道徳的・経済論的な判断をベースとする諸潮流の交錯という観点で解明することを意図して設定された。今年度の解明点は以下のようである。 第一にロマン主義の社会観として、カ-ライルを検討した。-機械的時代という現代にあり方(「時代の徴候」1829)について、カ-ライルは「特性論」(1831)のなかで、人間の本能的な統一性が喪失された状態として説明する。カ-ライルにあっては、自己意識そのものが害悪だというわけではなく、対象と意識との分裂が決定的であるという状態こそが現代という時代の病弊の徴候・症状なのだとされる。自己意識論を軸にしたカ-ライルの現代観は、その基底においてドイツ観念論の系譜と深く関わっており、「特性論」は、フィヒテやシラ-などを踏まえ、とりわけシュレ-ゲルの著作をベースにおいたものなのである。 第二に功利主義的な議論として、1830年代のミルの商業文明観を検討した(国際功利主義学会で報告、英文)。-1835年にミルは、アメリカ社会のうちにデモクラシーの危険性を見据えてヨーロッパの将来像を重ね合わせるトクヴィルの見方は、あまりにもペシミスティックだとした。ミルはしかし、1836年の「アメリカの社会状態」や「文明論」を画期に、ミドル・クラスの存在というイギリスとアメリカとの共通項を認識するようになった。1840年の書評でミルは、貴族と貧民との階層格差が残存するイギリスにおいても、経済社会の進展のもとでミドル・クラスというもっとも活力に満ちた部分が増大し、少なくとも社会の推進的部分では結果的にアメリカと同様の平等の状態に近づきつつある、という理解に達した。ミドル・クラスと商業精神につき動かされる人々の内面的不安の出現をも据えた点で、ミルの議論は今日的なmodernity論に通じる面を持っている。
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