本研究は、前立腺癌におけるβ-microseminoprotein(MSP)に産生能の喪失を分子遺伝学的に解明し、前立腺の癌化プロセスにおけるMSP遺伝子変化の意義を解明することにある。本研究によって以下の結果が得られた。 1.免疫組織化学的研究では、前立腺癌組織におけるMSP蛋白の発現は組織学的悪性度とは無関係に著明に減弱していた。 2.FISH法を用いたMSP遺伝子のマッピングの結果、MSP遺伝子の遺伝子座が10q11.2であることが証明された。 3.RT-PCRを用いた実験では、正常前立腺および前立腺肥大症組織に較べ、前立腺癌細胞株ではMSP mRNAの発現が低下していることが判明した。 4.In situ hybridization(ISH)を行った結果、MSPmRNAの発現は前立腺癌組織において、著明に減弱していた。 5.PCR-SSCP法を用いた遺伝子変異の解析でき、40症例の前立腺癌組織においてMSP遺伝子の変異は検出されなかった。 これらの結果から、前立腺癌におけるMSP蛋白発現低下に対して、MSP遺伝子変異の関与は低く、前立腺癌における転写制御レベルでの異常および一部の症例では翻訳制御レベルでの異常が示唆された。また、MSP発現異常が組織学的悪性度とは無関係に高頻度にみられたこと、および正常前立腺では異常がみられなかったことから、このMSP異常は癌化プロセスの比較的早期に生じることが示唆された。
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