本研究は、江戸時代初期の風俗画を中心に共通図様の伝播及び意味変化について考察することを目的とした。この目的に沿い、麻布美術工芸館所蔵の〈風俗画屏風〉(六曲一隻)をはじめとして多くの岩佐又兵衛筆の伝承をもった諸作品の調査を行った。前記作品は又兵衛風風俗画に共通の姿型を多く見いだすことが出来るもので、洛東遺芳館蔵〈公家・武家遊楽図〉(六曲一双)等と図様・作風上共通する要素が多く認められる。これらの作品では、当世風俗だけでなく『源氏物語』等を描いた作品からの図様借用も認められ、人々の階層意識をモチーフ選択に反映させ、その象徴的表出のために素材としての人物の型が用いられている。岩佐又兵衛自筆の可能性が高い〈花見遊曲図屏風〉(四曲一隻)には、万野美術館蔵〈桜花遊楽図屏風〉など今回資料収集を行った江戸時代初期の遊楽図に共通して描かれた図様を多く見いだすことが出来た。これらの調査を通して、又兵衛風と呼ばれる風俗画に図様の共通利用が認められ、群集の図様が粉本化して用いられていることも指摘できた。しかも作風的に幅のある作品群の中では、作風が又兵衛作品と近親性をもつものほど姿型に崩れが少ないことが指摘できた。それらの作品は、広く又兵衛風を共通させるものの〈山中常盤絵巻〉等の又兵衛風絵巻群に見られるような同一工房内での統制された制作環境によったものではないことが推測され、工房の枠を越えて又兵衛風図様が広まっていたことが確認出来た。これらの工房個々の制作環境に関しては、今後も継続的に調査研究をおこなってゆきたい。
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