本年度は次の4つの成果が得られた。 第一に、差異否定型トートロジー「XはXだ」が変化文「XがXでなくなる」の否定であるという事実に基づき、その解釈スキーマを提示した。差異否定型トートロジーの解釈スキーマにおいては、M1の個体xに対してもM2の個体x'(xと同一個体)に対してもXの定義属性が転送され、結果としてM1とM2の同質性が断定される。この定式化により、差異否定型トートロジーの多様な性質に説明を与えることができる。 第二に、差異否定型トートロジーの解釈スキーマにおけるM2の命題を否定命題に置き換えるだけで、矛盾文「XはXでない」の解釈スキーマが得られることを明らかにした。M1でXとしての性質を満たす個体xが、M2ではXとしての性質を失うことを断定するのが矛盾文であり、矛盾文の解釈に矛盾命題は一切関与せず、固有の解釈メカニズムを仮定する必要もない。これは、矛盾文を語用論的原則ないし固有の解釈原理で説明しようとしてきた従来の研究と対照をなす。 第三に、トートロジー「XはXだ」が、差異否定型トートロジーとしての用法とは別に、個体間の同一性を断定する用法を持つことを明らかにした。このタイプのトートロジーでは、談話領域の二つの個体がコネクターで結合され、差異否定型トートロジーとは異なり、属性に関する操作は関与しない。 第四に、日本語に「XはXだ」という形式の定型述語句が存在することを示し、これを通常の文的トートロジー「XはXだ」と区別する必要があることを論じた。述語的トートロジーに関しては、形態的に不変であるという形態論的特徴、その前に生起するNPをターゲットとして尊敬語化が可能であり、NPが繰り上げの対象となり、NPと他の主語との等位接続が可能であるという統語論的特徴、全体の意味が部分から予測できないという意味論的特徴が観察され、これらの点で文的トートロジーと大きく異なっている。
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