研究概要 |
平成八年度には,引き続き『了義末了義善説心髄』の和訳研究を進めるとともに,『菩提道次第小論』「観」章の和訳研究を『ツォンカパ中観哲学の研究I』として公にした.特に後者はツォンカパ晩年の著作のひとつであるとともに,彼の中観哲学に関する思想が,菩提道を完遂するための哲学的基盤として,よくまとまって示されいるといえる.「観」とは真実の観察の意であるが,『菩提道次第小論』「観」の主要部分は概ね次のような構造をもつ. 我々をして迷いの生存である「輪廻」に縛るものは根源的無知(「無明」)であり,無知とは固定的実体の捏造に他ならない.固定的実体の捏造(「我の増益」)を,個体的実体(「人」)と現象的実体(「法」)との無我を知ることによって否定する.固定的実体の否定を過不足なく,すなわち的確に行うために,世間世俗諦と勝義諦との二重真実説(「二諦」)の正しい理解が要求される. ツォンカパは,これらの課題をチャンドラキールティ(Candrakirti,七世紀)の中観帰謬論派にしたがって論じている.ツォンカパ(Tsong kha pa,1s357-1419)はチベットを代表する思想家のひとりであるが,ツォンカパにおける中観哲学の研究の重要性は,必ずしもその彼の思想的独自性のみに限定されるのではなく,中観哲学をもって仏教の基本的な体系を構成・提示しているところに在るといえよう. 平成八年度には,前述したように『菩提道次第小論』「観」章の和訳研究を行い,ツォンカパにおける中観哲学とは何を課題とし,何を目指しているのかという最も重要な部分を明らかにした.
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