平成7年度の研究はヒト前立腺癌の浸潤、転移に関わる分子生物学的因子の検討を行った。ホルモン感受性のあるヒト前立腺癌細胞株のLNCaPとホルモン非感受性ヒト前立腺癌細胞株であるPC-3のin vitroでの浸潤能を比較すると、後者で明らかに浸潤能が高い結果が得られた。前立腺癌の浸潤能を規制する因子に関し検討すると、前立腺癌細胞の細胞増殖能と前立腺癌細胞の細胞外基質との接着能に相違はないが、細胞の運動能に相違が認められた。癌細胞の浸潤能を規制する重要な要因となっている細胞外基質分解酵素に関しては、matrix metalloproteinase(MMP)に差は認められず、urokinase type plasminogen activator(u-PA)のmessenger RNAの発現に両者間で明らかな相違が認められた。これらの結果から前立腺癌細胞の発現するu-PAと細胞の運動能がヒト前立腺癌の浸潤能を規制する因子として重要な役割をはたしていることが明らかになった。これらを規制する因子として、最近単離された転写因子の一つであるE1AFに関し検討した。この転写因子はいくつかのヒト癌細胞でその浸潤能との相関が認められることが報告されている。ヒト前立腺癌の高浸潤能を示したPC-3ではE1AFの発現が著明に増強しているのに対し、低浸潤能を示したLNCaPではその発現は極めて低かった。このことからE1AFがヒト前立腺癌の浸潤能に何らかの影響を及ぼしていることが推測された。今後は前述したヒト前立腺癌細胞株にE1AFあるいはE1AF変異体を導入し、導入株での浸潤能の相違、u-PAの発現の変化、運動能の変化を検討し、ヒト前立腺癌の浸潤能を司る因子の解明をおこなう。
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