研究課題
基盤研究(A)
今年度は主に我が国の明治期が研究対象とされた。最初の研究会では、吉岡により、西欧芸術思想の受容例として夏目漱石の場合が論じられた。明治の知識人たちにとって、西欧思想はもっぱら実利を目指した新制度として受け取られていたといえるが、それに対し「睡眠」「忘却」など出世間的な東洋的芸術理念が彼らの精神的拠り所として必要視されたことが指摘された。続く研究会で木下は長編小説における押し絵の問題を取り上げた。これは近代文化としての小説を成育させようとした小説家たちの努力や挫折が、押し絵の上に作中人物と作者=読者の視点の同一化の成否という形で見て取ることができる。というものである。三番目に、文学における服飾の問題を羽生が論じ、小説における和装と洋装との持つ意味に対し記号学的読解を試みた。ついで、絵画の動向を金澤がとりあげた。洋画・日本画のいずれもが実際には西洋の芸術理念に非常に影響されていることに対し、鉄斎の文人画の占める独特の位置が意義づけられた。引き続き、並木が日本美術史の搖藍期における作品評価についての調査を発表した。美術研究誌『國華』が、明治期にどのような作品を図版として紹介していたのかを調べ、その傾向を大正期以降の傾向と比較検討した。最後に、次年度にもっぱら行われる西欧近代の研究として、六人部が19世紀後半のフランス絵画に見られる家族の問題を論じた。印象派の画家により外光のもとで描かれた家族は「親密さ」を主題化したが、これにより(核)家族が近代社会の一構成単位として重要視されるようになったことが読みとれる。以上の研究発表とそれらをめぐる討論から、「近代」国家が、種々のアイデンティティのせめぎあう動的な過程の場であるのみならず、個別的なアイデンティティと普遍性との相克の場でもあること、またそこにおいて顕著に価値観を代表するものとして芸術が存在することが確認された。
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