研究課題
今年度は研究の取りまとめが中心的な作業となった。これまでの各研究分担者の報告と討論を経て、自国民のアイデンティティ確保の体系を整えていった近代の諸国家が、自己目的的な有機体としての国家のイデオロギーを創出するために有機体の概念を芸術制度に対しても適用したというだけでなく、実のところ近代的自意識そのものが元来芸術作品を範型として考えられたことが確認された。また、研究者自身の用いる言説が我が国の明治以降の芸術制度の直中にある事が指摘され、成果報告書の構成もそれについて自覚的な形をとることが決められた。文化的アイデンティティとしての芸術は、二つの方向にその役割を分岐させた。例えば岡倉天心の活動において見られるように国民国家の自己顕示的な制度としても機能するが、このような国粋主義は欧米諸国に伍すという国際化と表裏をなしていた。また他方では、やはり西欧化への一つの反動として、日本固有のという、これもまた人為的な自己を保持するための拠り所ともなった。それが夏目漱石の場合である。しかしまさにこの時、芸術に対する歴史的な態度が普及していき、その近代的な考え方にもう一つの観点を付け加えることになった。それによれば芸術はもはや自分以外の何者の有機体のモニュメントでもなくなり、芸術についての自律的学問に博物館学的資料を提供する領域となる。またそれと同時に、国家的アイデンティティの方も、芸術の領域以外のところ、とりわけマス・コミュニケーションのうちに次第に有効性を見出していったのである。
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