神経幹細胞に特異的に発現する転写因子であるSox21の機能を明らかにする目的で、レトロウイルスを用いてSox21を成体海馬歯状回の神経前駆細胞に導入し、その影響を検討した。その結果、Sox21を強制発現させた細胞では、ニューロンに分化する割合が増加した。このことから、Sox21は成体海馬でのニューロン新生を亢進させることが明らかとなった。 次にChIP-sequencing法を用い、Sox21が標的とする遺伝子を探索した結果、Notchシグナリングの下流の一つであるHes5遺伝子がその候補として挙げられた。そこで、Sox21によるHes5遺伝子の転写制御の様式を、成体ラット海馬由来神経前駆細胞株(AHP細胞)を用いたレポーター実験によって検討した。その結果、Hes5の転写開始点から約2.8kbp上流に位置する新規の転写制御領域にSox21が働きかけ、Notch依存的なHes5遺伝子の発現を負に制御していることが明らかになった。また、Sox21はAHP細胞においてHes5のmRNAの発現を抑制したことから、Sox21はHes5遺伝子のリプレッサーであることが明らかとなった。さらに、Hes5のshort hairpin RNAを用いたin vivoノックダウンにより、Hes5の発現抑制によって神経前駆細胞からニューロンへの分化が亢進することが確認された。 以上の知見から、Sox21は成体マウス海馬に存在する神経前駆細胞において、Hes5遺伝子の発現を転写レベルで抑制することにより、ニューロンへの分化を促進する役割を担うことが明らかとなった。これは、成体ニューロン新生を司る新規のメカニズムである。将来的には、うつ病や記憶学習など、成体ニューロン新生の変化を背景とするような疾患・現象に着目し、そのメカニズムの解明に本知見を繋げ、医療に貢献することを目標としている。
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