前年度に引き続き、ジャンル・文体・出版システムを検証する中で、本年度は特に以下の諸点に関して調査と考察を進めた。 まず、江戸と上方の出版システムに関して調査・研究を進めた。上方(主に大坂)の出版システムと江戸のそれとの実態の差異は、近世後期に至り江戸から大坂へと求板された多くの書物が、上方において江戸とは異なった如何なる取り扱いを受けたかを探ることによって、ある程度炙り出されて来た。ただし、戯作版本は本屋仲間の株帳などから除外され易く、それらに調査の対象を限定せず、また文芸ジャンルの如何を問わずに、より広い範囲での対象を設定した。その場合、研究代表者がかねてから調査・研究の対象としている森島中良の版本を基準とすることで、戯作本・狂歌本・浄瑠璃本をはじめとする諸文芸、さらには学術書(考証随筆・蘭学・国学等)・啓蒙書・教訓本などへの調査対象の広がりを得ることが可能となった。たとえば、上方の出版は江戸とは規制基準がやや異なったが、より緩やかな判断を行いがちな大坂の出版に対して、幕末に至るまで京都からの監視が存在した形跡があることなど、いくつかの徴証が得られた。 また、ジャンルに関しては、出版者側の商業的意図によってジャンルが細分化・固定化する場合と、読者(享受者)の区分意識がジャンルを定める場合とが存在することがより明確化し、それらについて出版システム論の側と読者論の側からの擦り合わせによって近世のジャンル論に進展の計られるであろう感触を得つつある。
|