まず、Si:Mnについて遠赤外サイクロトロン共鳴の実験を行なったが、遠赤外光の場合に必要とされる高磁場状況下では、遷移金属不純物による散乱が電子の運動量緩和時間にそれほど大きな影響を与えないことがわかった。次にGaAs:MnInAs:Mnに関して発光測定を行ったところ、有意の発光は得られなかった。これは試料作成時に導入された格子欠陥が非常に有効な再結合中心となっているためと考えられる。このため発光測定は困難であると判明した。 そこで視点を変え、Cd_<1-x>Mn_xTe中のMnのd電子とバンド電子との相互作用の研究からスピンとバンド電子との相互作用を解明することを試みた。この物質では2.0eV付近と1.2eV付近にMn原子のd-d多重項発光と思われる発光が観測されるが、2.0eVの発光については、これまでに線幅の温度依存性や発光エネルギーの励起エネルギー依存性に異常な振る舞いが観測されている。 我々はこれらの異常の原因を解明するため、2.0eVの発光の詳細な時間分解測定を行ったところ、発光寿命と同程度の時定数で発光エネルギーが低エネルギー側にシフトしていくことを観測した。そこで様々に条件を変えて詳しく測定してみると、シフトの様子は励起エネルギーにより変わり、励起スペクトルのピークを境に低エネルギー側ではシフトは小さく、高エネルギー側ではシフトは大きいことがわかった。また、発光線の線幅は発光エネルギーのシフトとともに若干狭くなることも観測した。これらの結果から、エネルギーシフトは不均一分布の中での緩和であることが予想される。我々は実験的に求められた、均一幅、不均一幅、発光寿命などのパラメータを用いて、数値シミュレーションを行ったところ、励起スペクトルと発光スペクトルの重なりに依存したエネルギー移動速度を仮定することによって、シフトの時間依存性がうまく説明できることがわかった。また、こういったエネルギー移動を考えることによって、これまで観測されている、励起エネルギー依存性や温度依存性の異常な振る舞いを定性的に説明することができた。 1.2eV付近の発光については、バンドギャップの大きい試料については、Mnの励起状態を経由した励起が支配的であるのに対して、バンドギャップ小さい試料においては、バンド間励起によって発光が効率的に励起されることがわかった。この場合、励起状態のエネルギーはバンドギャップよりも大きいと考えられるため、これはMnのd電子励起状態とバンド励起状態の混合を考えないと説明できない。現在、d電子とバンドの混合に、格子緩和を取り入れたモデルを検討中である。
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