日本語の音韻構造を(a)アクセント、(b)語順との相関、(c)語の音節構造、(d)レキシコンの構造の4点から考察した。まずアクセントについては、歴史的に挿入された母音(挿入母音)と削除された子音(削除子音)が現在の東京方言に観察される諸アクセント規則においてどのような振る舞いを見せるかを分析し、一部のアクセント規則において挿入された母音が存在しないような振る舞いを見せたり、あるいは削除されたはずの子音が未だに存在しているような振る舞いを見せることを明らかにした。また、このような現象が表層構造を重視する制約理論(最適性理論)の枠組みでは分析することが難しいということをあわせて指摘した。 語順との相関については、複合語アクセント規則、複合語短縮、アクセント句形成の3つの言語現象と語順との関係を分析した。まず複合語アクセント規則について、日本語や英語を含む数多くの言語の分析を通し、[修飾部+主要部]・[主要部・修飾部]の語順に関わらず意味的主要部にあたる単語がアクセントを弱化・消去させ、その結果、意味的修飾部のアクセントが複合語全体の統合アクセントとなる傾向が存在することを明らかにした。また、意味的修飾部が音韻的な中心要素となる傾向が日本語の複合語短縮にも観察されることを指摘した。 語の音節構造については、幼児語から成人の言葉遊びに至る日本語の言語現象・過程を分析し、一定の音節構造の組み合わせが日本語の広範囲な言語現象に観察されることを指摘した。具体的には、2モーラからなる重音節(長音節)と1モーラからなる軽音節(短音節)の組み合わせ(つまり重音節+軽音節)がもっとも一般的で、逆に軽音節+重音節の組み合わせが忌避される傾向が強いことを明らかにした。語の音節構造とならんで複合語アクセントや短縮語形成における音節の役割についても考察し、これらの現象において非語末性制約(nonfinality)という形で音節が不可欠な役割を果たしていることを明らかにした。 最後にレキシコンとの関連においては、日本語のレキシコンが階層を成しており、語種間にみられる音韻的振る舞いの違いが制約という概念によって簡潔に表せることを示した。
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