多くの実験腫瘍における放射線抵抗性の低酸素性細胞分画の大きさは、腫瘍によって大きく異なり、同じ病理学的形態を示す腫瘍間でも同様な変動が見られることが知られている。しかし、その分子レベルでの機構は明らかにされていない。一般に低酸素状態では、腫瘍細胞は低栄養、低pHの環境にさらされ増殖停止をおこし、アポトーシスが引き起こされやすい状態となっている。従って、アポトーシスを制御する遺伝子産物が、低酸素性細胞分画の大きさに影響を与えている可能性が考えられる。最近、増殖因子レセプターのInsulin-like growth factor I receptor(IGF-IR)が、様々な原因によって引き起こされるアポトーシスを強力に抑制することが明らかとなり注目されている。本年度は、このIGF-IRの発現が、低酸素分画の大きさに影響を与えるかをヒト悪性神経膠芽種細胞(GBA-7)のスフェロイドモデルを用いて検討した。この目的のために、親細胞株にヒトIGF-IR cDNAを含むプラスミドとpuromycin抵抗性遺伝子を含むプラスミドをcotransfectしてpuromycinにて選択し、親細胞の約8倍のIGF-IRレベルを有する細胞を樹立してA-7(R)とした。対照としてpuromycin抵抗性遺伝子のみ発現する細胞A-7(puro)を用いた。IGF-I刺激によるIGF-IRの自己リン酸化、その下流のIRS-1、MAPKの活性化は、いずれもA-7(R)において亢進していることが示された。単層培養下での両細胞の増殖率に有意差はみられなかった。静置培養法によって作成されたスフェロイドの増殖率は、A-7(R)において有意に高いことが示された。静置培養法並びに回転培養法にて培養された直径約400μmのスフェロイドの組織切片を作成しその内部構造を観察すると、A-7(puro)では無細胞構造を有する中心壊死部が認められたのに対し、A-7(R)ではそれがintactな細胞で占められていた。この所見は静置培養法において顕著であった。興味深いことに、壊死部近傍にアポトーシス像はほとんど認められなかった。このことは、本実験系において、IGF-IRの高発現がスフェロイド内部の低酸素状態によって引き起こされる壊死を抑制したことを示唆している。現在これらのスフェロイドの放射線感受性を検討している。
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