申請者は、史実として認識されている服飾史上の諸点と画像に表現された視覚イメージとの齟齬について、美術史的視点から再検証を行う作業を進めてきた。この研究を通じて、有職故実の常識として定着している事々が、必ずしも画中においては忠実に表現されていないということが明らかとなった。また、今日一般化している有職故実の常識では捉えきれない形式の衣服が、画像資料・実物資料の双方に存在することも再確認された。これは従来、有職故実の問題を文献のみに依存してきたことに対する大きな反省点であり、今後はこの過渡段階における振幅の問題が重要課題として浮上してくることを指摘しておきたい。一方、服飾を描写する際の誤謬の問題に関しては、日常的な服飾として狩衣や水干が用いられなくなって後、その背面に本来あるはずのない背縫いの線を描いてしまう描例が急増しているという傾向を確認した。この過程で、研究分野によっては服飾の基本的な様式が誤認され、その誤謬が常識化しているという事象にも遭遇した。さらに、今回の研究と連関して直面した今日的問題として、現代の歴史イメージを規定しているテレビ番組や映画などの時代考証における誤りが増幅傾向にあることを確認した。映画やテレビにおける時代考証の問題は、中世絵画の視覚イメージの生成・変節段階で、誤謬が生成して定着していく過程に相通じる問題を包含し、今後の重要な課題となるものと思われる。
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