研究概要 |
ドイツ観念論に関する従来の研究においてドイツ観念論に対するスピノザ主義の影響への関心が高いこともあって,哲学ないしは哲学史の立場からのヘルダーリン研究でも,この詩人をドイツ観念論の成立過程に位置づけて,そのスピノザ主義を問う傾向が強い。これに対して,本研究はヘルダーリンにおけるスピノザ受容と並んで,ストア哲学の伝統との関連で詩人の「精神」(Geist)概念を解明することに重点を置いていた。ところが,初期古代ギリシアの哲学者アナクシメネスにいう「プネウマ」(pneuma)の流れを汲む「精神」(Geist)概念が,ライプニッツ哲学では「エーテル」(aither/aether)という「プネウマ」の類義語に姿を変えてその宇宙論の中枢に組み込まれているとの認識から,ヘルダーリンの初期作品を再検討したところ,そこに詩人がスピノザ哲学に先だってライプニッツ哲学を受容していることの痕跡を確認し,ヘルダーリンは,ライプニッツのモナド論に,精神性と物質性とを合わせもつストア的「プネウマ」概念を踏襲した「自然の精神」(Geist der Natur)という枠組みから,独自の解釈を加えているとの知見を得た。これはヘルダーリンの「精神」概念が詩人のスピノザ受容に先立つことから,それを詩人による古代ストア哲学の受容に結びつけてきた本研究にとって,ライプニッツ哲学というもうひとつの媒介項の発見を意味する重要な成果である。しかも,それによって,ヘルダーリンを,ひいてはドイツ観念論を捉え直すという新たな研究の可能性が開けた。なお,日本も含む東洋思想における「気」の概念は,西洋における「精神」概念以上に多様な様相を呈しており,両者を比較対照する研究の意義は十分に確認されたが,具体的な研究は今後の課題だ。また,18世紀日本の石田梅岩に,M.ヴェーバーのいう「資本主義の精神」に見合う「精神」の思想を発見したのは特記してよい。
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