本研究では、戦前期における在来諸産業の根強い発展を支えた基盤を、醤油醸造業の事例に即して解明することを目指した。具体的成果は、以下の通りである。 1.分析の基礎となる各地個別経営資料の発掘・収集を行い、経営データ入力を進めたこと。大規模経営としては関西の丸金醤油(香川県)および関東のキノエネ醤油(千葉県)の資料収集を進めた。丸金資料群には、経営帳簿類が完全な形で残されており、詳細な経営分析が可能であると同時に、小豆島醤油醸造業組合に関する資料も多数含まれており、島醤油の関西市場進出、新興産地ブランドの確立に組合が果たした役割の解明を進めている。キノエネ資料は大正後半から昭和初年の「店勘定帳」が中心であるが、この時期に同社は東京から東京周辺地域に市場を転換しており、東京市場の関東三印による寡占化が関東醤油市場に与えた影響が推定可能である。中小規模経営としては、香川県立文書館蔵・井筒醤油資料(香川県)が最も良質でまとまっていたが、整理中のため部分的にしか閲覧できない。その他、四国村(高松市)にも永井醤油資料(香川県三豊郡山本町)が若干あり、目録作成を行った。尚、九州については報告すべき資料群がまだ発掘できていない。 2.分析結果の一部を論文化し、学会シンポジウムで発表したこと。すでに資料収集を進めていた田崎醤油(茨城県)について解析結果を論文にまとめ、在来経営が根強く残った条件は「在地性」を生かした経営(商品販売における互恵的ネットワークなど)と強い家業意識に基づく経営行動にあったことを解明した。また、1998年度社会経済史学会近畿部会夏季シンポジウム(テーマ:「在来産業の近代的展開」)において、田崎醤油の事例に即して、在来産業転換期(1920年代以降)における中小醸造家の経営基盤に関する報告を行った。さらに、同シンポジウムでの諸報告を含む共同研究の成果を刊行した。
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