本年度は、前年度までに確立したマウスT前駆細胞への遺伝子導入法とT細胞分化を支持する培養系を組合せて、Wnt/β-カテニン/TCFシグナル伝達経路分子の1つFrizzled3のT細胞初期分化における役割を調べた。Frizzled3はWnt蛋白の特異的レセプターで、T系列においては胎仔胸線の前駆細胞段階のみに発現していることを本研究の初年度に見い出している。 GFPをマーカーとしてもつレトロウイルスベクターに、Frizzled3の細胞表面ドメインのみをコードする領域をクローニングした。導入遺伝子に由来するドミナントネガティブフォーム(Sfz3)は細胞表面にとどまらず、細胞外に分泌された状態でWntと結合する。そのため、Sfz3の過剰発現により、Wntから細胞内β-カテニン/TCFへのシグナル伝達経路が阻害されることが予想された。胎仔肝臓中のT前駆細胞が濃縮されているLin^-c-kit^+Sca-1^+分画にSfz3を導入し、GFP^+細胞をT細胞に分化させる系に移して培養した。ベクターだけを導入したコントロールと比較すると、培養後の細胞数は減少しており、驚いたことに、大部分の細胞はGFP^-であった。さらに、ごく少数出現したGFP^+細胞も主としてCD3^-CD4^-CD8^-分画中のCD44^-CD25^+亜分画段階にとどまった未分化T細胞であることが判明した。T細胞レセプターβ鎖遺伝子はCD44^-CD25^+亜分画段階で再構成し、成功した細胞だけがプレT細胞レセプターを発現して生き残り、次の分化段階に進み盛んに増殖する。したがって、Frizzled3を経由するシグナルはCD44^-CD25^+亜分画段階以後のT前駆細胞の増殖に必須であり、それ以前の増殖にも重要であることが強く示唆された。
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