本研究では、近世日朝間で発生した漂流事件の背後に、意図的な渡航(密航・密貿易)の可能性を読みとることが可能か否かについて具体的な事例に基づいた検討を行った。 そこで、これまで漂流事件の姿を借りた密航の可能性が指摘されてきた三つの海域-五島列島(研究成果報告書第一章)・北海道(同第三章)・鬱陵島海域(同第四章)-について、事例検討を行った。五島列島については、先行研究の依拠してきた史料が近世における五島列島への漂着事件を網羅していないという限界と問題点があり、対馬藩政史料等によりながら悉皆調査を行えば、漂流事件と密航・密貿易との関連性を認めることは困難なことを指摘した。北海道に漂着した朝鮮人とアイヌとのあいだで密貿易が行われたとの主張については、根拠となる漂流記からはそのように読めないこと、近年の発掘調査の結果を踏まえれば更にそうした主張の根拠が崩れることを述べた。鬱陵島海域については、密航であることは認められるが、当該海域における活動は天然資源の略奪にほかならず、日本人・朝鮮人のあいだにおける密貿易とは到底いいがたいことを明らかにした。 また、近世におけるベトナム・日本間の漂流事例を、今日知りうる範囲ですべてとりあげ、漂流を介してなされる「交流」の質・水準について言及し(同前第二章)、漂流事件からただちになんらかの国際交流のようなものを楽天的に展望することのできないことを指摘した。また漂流以外の事例をも含めた近世日朝交流史研究の現状分析を行い(同前補論)、より具体性に即した分析の必要性について述べた。さらに近世鬱陵島海域における日本人の活動と関わる史料の仮目録を作成し付録とした。
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