研究概要 |
タイラー脳脊髄炎ウイルス(TMEV)によるマウス免疫性脱髄疾患(TMEV-IDD)はヒトの多発性硬化症(MS)と,臨床的にも,組織学的にも類似しており,MSのよい動物実験モデルとされている.MSは女性に多く,性差の明らかな疾患である.自己免疫疾患発症における性差の原因の要因として性ホルモンが注目されているが,TMEV-IDDにおける性差の生じる理由は研究されておらず,性ホルモンの果たす役割も不明である.今回,我々はTMEV-IDDにおける性ホルモンの役割を検討した.TMEV抵抗性の5-6週齢の雄BALB/cマウスに精巣摘除(castration:CA)を施行し,testosterone,5α-androstanを定期的に皮下接種した.対照群にはsham operation(SO)を施行した.これらのマウス大脳半球内にTMEVを接種し,TMEV-IDDを作成した.SOを受けた雄BALB/cマウスのcontrol群では20%程度の発症が見られた.これに対しCAを受けた群では80%がTMEV-IDDを発症しており,明らかな発症促進が見られた.更にCAの後にtestosteroneあるいは5α-androstanの投与を受けた群では対照SO群と比して臨床経過に差は見られず,CAの効果を消失させた.組織学的には発症マウスでは脊髄白質の広汎な脱髄と血管周囲のリンパ球浸潤を認めた.マウス脊髄を用いたゲルシフトアッセイでは発症マウスでNF-κBの発現がみられた.脾細胞のTMEV抗原特異的DTHおよびTNF-α産生細胞とIFN-γ産生細胞はCA群で対照SO群に比し,有意に増加していた.RT-PCRを用いたサイトカインの検索ではTNF-αとIFN-γはCA群で対照SO群に比し,有意に増加していた.TMEV抗原特異的抗体価は各群間に有意差はみられなかった.以上よりCAは雄BALB/cマウスに於けるTMEV-IDDの発症を促進することが判明した.testosteroneと5α-androstanはいずれもCAにより促進されたTMEV-IDDの発症を抑制することも明らかとなった.TMEV-IDDの発症率とTNF-α産生およびIFN-γ産生はよく相関していた.この抑制はtestosteroneあるいは5α-androstanの投与により解除された.testosteroneは雄マウスに於けるTMEV-IDDの発症の抑制に重要な役割を担っており,その機序としてサイトカインの産生抑制が推測される.
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