研究概要 |
酸素呼吸に依存して生命を維持している好気性生物では,酸素呼吸や酸化還元反応で必然的に生じる活性酸素などのフリーラジカルによる細胞傷害は不可避である.本研究では,このような細胞障害に対する生体防御に関わる遺伝子とその遺伝子産物について,その機能と構造を分子レベルで明らかにし,さらに細胞・個体レベルでの生理機能を解明することを目的として,九州大学・續博士,フランス国立科学研究センター・Takahashi博士,同・Boiteux博士,米国国立がん研究所・Kasprzak博士,米国ジョンスホプキンス大学・Ichikawa博士の研究グループとの共同研究を進めて,以下の成果を挙げた. (1)MTH1蛋白質の機能の解析 MTH1蛋白質の基質としてリボヌクレオチドの酸化体(2-OH-ATP,8-oxo-ATP,8-oxo-GTP)に対する作用を検討し,MTH1蛋白質は2-OH-ATPを最も効率良く分解することを明らかにした.これまでの結果とあわせて考えると,MTH1は2-OH-dATP=2-OH-ATP>8-oxo-dGTP=8-oxo-dATP>8-oxo-GTP=8-oxo-ATPの順に効率良く分解することが明らかになった. (2)MTHI遺伝子の個体レベルでの発現制御 ラットの個体レベルでのMTH1の発現を免疫染色法により解析し,MTH1が肝臓,腎臓,精巣で高レベルで発現していること,さらに個々の細胞によってMTH1の細胞質と核の存在比が大きく変動することを明らかにした. (3)MTH1遺伝子欠損による自然発がんの上昇 通常のSPF飼育条件下で1年半を経過した時点のマウス個体(野生型:♂46,♀4;MTH1-/-:♂42,♀51)で観察された自然発生腫瘍について病理および統計解析を行った.その結果,野生型の雄では肺,肝臓,胃に腫瘍(アデノーマおよびアデノカルシノーマ)を発生したケースが11例観察されたが,MTH1遺伝子欠損マウスの雄では29例に上昇していた.一方,野生型の雌では1例のみに肺の腫瘍を認め,MTH1遺伝子欠損マウスの雌では12例に肺,肝臓,胃に腫瘍(アデノーマおよびアデノカルシノーマ)を認めた. 以上の結果から,マウスにおいてはMTH1遺伝子欠損により雌雄ともに有為に腫瘍の自然発生が増加することが明らかになった(p<0.001).すなわち,MTH1蛋白質は酸化プリンヌクレオシド三リン酸を一リン酸へ分解することにより,リーラジカルによる細胞傷害の1つである自然突然変異ひいては発がんの抑制に寄与していると結論できる.
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