本年度も、「全ての歴史叙述は現代史である」との基本認識に基づき、唐代初頭期の編纂に係る姚思廉『梁書』・『陳書』と李延寿『南史』とにつき、相互に対比させつつ、それぞれが具有するコンテンポラリーな性格の諸相を明らかにすべく、特に、明代三大奇書の一にして清朝の禁書たる李清『南北史合注』の精査を通して、考察を進めた。検討したところは、李清『南北史合注』それ自体に関わる諸問題を含めて、多方面にわたったが、改めて確認し、また、新たに想到し得た知見と論点の一端を記すと、以下のごとくである。 1.これまで李清『南北史合注』は、全く活用されてこなかったが、『冊府元亀』『太平御覧』等類書から関連的記述を数多く指摘・列記しており、梁・陳代を研究する上で極めて有益な一書たることを確認した。 2.李延寿の『南史』撰述の動機の一に、亡国梁・陳に対する姚思廉の私的な恩義意識に基づく「書美諱悪の曲筆」を批判・是正する意図が存在した。 3.姚思廉が梁・陳両王朝滅亡の要因として「人事」(為政者の不当の政治姿勢と政策)を重視するのに対して、李延寿は「天意」(必然の定め)を強調しており、両者は、歴史理解の祖点を著しく異にする。 4.李延寿の『南史』撰述許可の上啓が、唐太宗期政治史を画する最大の事件、即ち皇太子廃易事件(643)直後のことと想定できることは、李延寿自身が廃太子李承乾の属官を経歴している事実からも、同事件との関連性を強く示唆しており、今後の検討課題となされる。
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