本テーマの具体的目的は、江戸時代の庶民における「隠居の観念・法・実態」をさまざまな観点から、明らかにすることである(勿論、武家のそれにも論究するが、主体は庶民)。そして近世法のありようと隠居契約のさまざまな実態を解明することである。 今年度も研究代表者の具体的作業は、隠居契約に関する地方(村方)文書を多数収集することであった。まず、カナダ出張では、1世の自助努力もさることながら、移民2世の老親扶養観、つまり移民1世に2世がいかに報いるかという圧倒的情念を垣間見た。また、国内調査では代表的な隠居契約である隠居面(免)証文が以外に少なく、これがはたして一般的なのかという疑問が出てきた。当然のこととはいえ、あらためて地域性を視野に入れることが必要になった。そこでさらなる資料調査が要求され、各地の図書館、各県市町村史編纂室、文書館などを訪問した。そのなかで栃木県では日光社参に作成された住居絵図帳から隠居家を発見した。分担者長沼の影響もあり、実績として論文「居住空間にみる隠居の処遇」に結実できた。今年度を踏まえ、遺言状その他の隠居契約証文、とくに隠居と直結する聟養子縁組証文などの資料収集にも努め、報告書につなげたいと思う。 また、研究分担者長沼は、近代文学、とくに鴎外の優れた研究者であるが、孝の観念の変容を通して、近世を鮮明にし、隠居の待遇(家族関係)を居住空間との関連でとらえ、近世との比較を試みるため、過年度の明治村、ボストン・ニューヨークの実態調査の結果、「一家団欒」の思想の成立・変容と居住空間の変遷との密接な関係が判明した。次年度は、これらをふまえ、近代日本における「老い」の社会的処遇の実相に迫る予定である。
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