本テーマの具体的目的は、江戸時代庶民における「隠居の観念・法・実態」をさまざまな観点から、明らかにすることであった(もちろん、武家のそれにも論及する必要があるが、さしあたり庶民を対象にした)。そして近世法のありようと隠居契約のさまざまな実態を解明することであった。 研究代表者の具体的作業は、今年度も隠居契約に関する地方(村方)文章の収集であった。そして今年度の特徴は過去の実績をふまえて、男子をもたない親が隠居するときには、実娘(家付き娘)に聟養子を迎えることを同時に行うことが多かった。換言すれば聟養子を迎えるときに隠居するともいえる。したがって、この種の聟養子縁組証文の収集を行った。その一部は「資料隠居・聟養子関係証文-石井良助文庫および高木所蔵文書-」に結実できたが、なお収集資料をまとめて報告書にも加えたい。さらに一般的といわれている隠居面証文の発見が意外に少ないことに関連してEAPのデータベース等を活用して、地域性の問題の解明がつぎの課題であることを認識した。 また、研究分担者は、これまでの調査研究をふまえ、近代日本における「老い」の家庭内での処遇、さらには社会的処遇について、文学的表象と社会的事実との関連について総括的に研究し、その研究成果として「近代における孝の観念の変容過程-鴎外作品を中心に-」をまとめる予定である。そのなかで、近代では「孝」の観念に代わって個人主義と「愛」の観念による結合原理とを説く家庭像が、「老い」の問題を放置(排除)することになり、社会的事実において、洋の東西を問わず、世代交代の社会的形式、とりわけ社会的引退の形式たる「老い」の処遇形式をいまだ見いだせていない産業社会型の近代社会に共通する未解決の課題であることを指摘する。
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