研究概要 |
胸部下行・胸腹部大動脈瘤手術後の対麻痺の発症機序や予防手段については多くの研究が行われているが,いまだ数%の発症率が残っている。これは肋間動脈・腰動脈の背枝の枝であるアダムキービッツ動脈の血流低下・途絶により発症すると考えられている。 今回われわれは,未破裂大動脈瘤を有する解剖体16体と,大動脈瘤を有しない81体を用い,肋間・腰動脈起始部から前脊髄動脈までの一連の末梢動脈を組織学的に検索した。 H-E・オルセイン染色・抗平滑筋抗体α-actionによる免疫染色を行い,光顕下に観察し,正常群と動脈瘤群との間の組織構築の差異について比較・検討した。また数例をエポン包埋・オスミウム染色し,透過型電子顕微鏡で観察した。末梢の動脈を組織学的に評価する基準として,中膜の厚さと,内弾性板外縁から内膜を含んで内腔までの厚さIELIを選び,光顕下に計測を行った。 計測の結果,アダムキービッツ動脈においては,内腔が拡張していても,その内腔面積に対するIELIの比率は一定であった。またIELIが厚い例は,中膜の厚さも比較的厚い傾向があり,一方でIELIが低い症例は中膜も薄いという所見が得られた。このことは,アダムキービッツ動脈では,血流の増大に対し,中膜と共に内膜も肥厚し,その壁張力を維持していると考えられる。 内膜肥厚の強い症例では,内膜領域に抗平滑筋抗体陽性細胞と線維性物質の増殖をみとめた。電顕で観察すると,内膜領域に平滑筋細胞と,その細胞の間隙に弾性線維や膠原線維が増生している所見が得られた。 これらの変化は個体差が非常に大きいものの,正常群・動脈瘤群共にみとめられることから,全身性の動脈硬化の波及や,高血圧に対する反応として生じていると推測され,手術時のリスクに大きく影響していると考える。
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