乳癌患者のQOL改善という観点から、わが国の乳癌患者に合併しやすい不安・抑うつにどのような医学・心理・社会的要因が関連し、またわが国においてはどのような心理的サポートを提供することが望ましいのかを明らかにするために、本研究を企画した。本年度はまず外来通院中の乳癌患者に対して、抑うつを評価する代表的なスケールであるHamilton抑うつ評価尺度を用いて抑うつ気分の有病率を調査し、抑うつに関わる医学・心理・社会的要因について調査した。方法は外科的病状の安定している外来通院中の乳癌患者に対して面接を行い、17アイテム版ハミルトン抑うつ評価尺度(HAMD-17)を用いて抑うつ状態を評価した。また内外の先行研究を参考として、抑うつ状態に関連が想定される医学・心理・社会的要因として、年齢、結婚状況、家族数、子供の数、家庭内の心配事の有無、就労状況、社会生活におけるストレスの有無、癌に罹患したことのある知り合いの有無について聞き取り調査を行い、手術法、疾患の経過、補助療法、併発症状の有無、副作用の有無について調査した。研究に参加した60名の患者の内、16名が軽度抑うつ状態以上を示唆するHAMD-17スコア7点以上を示した。それぞれの医学・心理・社会的因子のHAMD-17に対する影響を検討したところ、家庭内の心配事がある群、社会生活におけるストレスがある群、乳房全摘術を施行された群ではそれぞれ有意にHAMD-17スコアが高値だった。これらの要因について多変量分散分析を行ったところ、もっとも抑うつ気分に強い影響を与えていたのは家庭内に心配事の有無で、次いで手術法であった。海外の研究で報告の多かった他の医学・心理・社会的要因は、今回の研究では抑うつ気分に有意な影響を与えていなかった。この結果は、わが国の乳癌患者は自らの病状よりもむしろ家庭内での役割が果たせなくなることに心理的苦痛を抱いていることを示唆していると思われ、医学的範疇を超えた幅広い心理社会的支援体制づくりが乳癌患者の心理的苦痛を軽減し、長期的にQOLを改善するものと考えられた。
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