近年注目を増しつつある全国各地の歴史的環境保全の実態を、平成13〜16年度の4年間にわたる研究を通じて把握することができた。歴史的環境としての町並みを抱える各地区の状況は様々である。良い風情を持ちながら人の集まらない地区。観光化されすぎて、風情が味わえなくなってしまっている地区。しっかりした生活が息づく地区。そうした現状の相違を生みだしているのは、歴史的環境そのものの価値だけでなく、立地条件、行政の姿勢、住民の意識など、様々な要素が絡み合っていることが明らかになった。 現在全国的に見てもっとも難しい状況にある地区のひとつとしてあげられるのが、広島県福山市の鞆という歴史的港町である。ここは、江戸時代の港湾設備が残る貴重な歴史的港町であるが、この港の一部を埋立、橋と道路を建設する計画があり、建設すべきか否かをめぐって対立がずっと続いている。交通渋滞の解消とミニ開発による経済の活性化をめざして建設を推進しようとする市行政と町内の有力者層に対して、歴史的景観の保存を求めて建設に反対する少数の住民グループという対立構図になっている。後者が地区内では少数派であるにもかかわらず、前者と拮抗した力を発揮できているのは、全国町並み保存連盟をはじめとする地区外部の歴史的環境に対して関心を持つ人々の支援によるものが大きい。この鞆地区に関しては、4年間の間に幾度も足を運び、インテンシブな調査を行い、その複雑な状況を把握した。鞆は地域内にこのような対立を抱えながらも、他方で町としてのまとまりは非常に強い。その重要な要因となっているのが、伝統的祭りの存在である。伝統的祭りは鞆に限らず地域を統合する上で大きな役割を果たしているので、この伝統的祭りについても広く調査、研究を進めた。
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