現代世界の文化形成に大きな影響を与えたメガロポリス=ロンドンの、多文化的な伝統創造の礎石となったイーストエンドのユダヤ人社会とユダヤ人文学の文化論的研究をイギリス文化研究のひとつの柱として確立するために主に次の二点の研究を推進した。 1 イーディッシュ文化がコックニーと融合していく過程 世界中に広がるユダヤ人社会は共有する宗教や文化を通して相互の同質性を維持しようとするが、同時にその根付いた先の国の文化から影響を受けてユニークな発展を遂げるという特質がある。イーストエンドのユダヤ人社会の場合、初めは労働者階級との連帯や左翼知識人とのつながりの中でイギリス文化に同化していったが、第二次世界大戦のドイツ軍の空爆による壊滅的な打撃を受けて、文化の核となる自らのコミュニティーを喪失したユダヤ人たちは、例えばスティーヴン・バーコフの場合に顕著なように、郷愁としての大陸のユダヤ人社会を伝統的なイギリスの労働者階級の文化のなかに再構築していこうとした。その過程において彼らのアイデンティティーは極めて両義的なものとなる。 2 政治的テーマとの関係の中でユダヤ人社会を人種関係論的にいかに位置付けるか 戦後のイギリス社会への同化の過程において露呈したユダヤ人の両義的なアイデンティティーは、ユダヤ人社会の政治的立場に分裂をもたらすが、それは次世代においてさらに非政治性(apolitical)という性向をもたらす。この非政治性とは単に政治への無関心だけでなく、多様な政治的立場を容認するという意味である。人種関係論的に見ると、彼らは「イギリス化されたユダヤ人」としてイギリスの多民族・多文化国家政策の先鞭となってゆくのである。
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