現代世界の文化形成に重要な影響を与えたメガロポリス=ロンドンの、多文化的な伝統のいわばテンプレートとなった、イーストエンドのユダヤ人社会の本質の解明と、その共同体と個人のアイデンティティーが最も集約された形で表現されているユダヤ文学の特徴を文化論的に追求するのが私たちの研究目的であった。以下3点に絞って研究成果の概要を記す。 1 イーストエンドのユダヤ人社会の歴史的位置付け クロムゥエルによって17世紀中葉に再び定住を許されたセファルディー系ユダヤ人が権力の中枢に位置してイギリス人とユダヤ人の2つのアイデンティティーを使い分けたのに対して、アシュケナジム系のユダヤ人がイーストエンドにプロレタリアートの集団として定住することによって自らのアイデンティティーを形成していく過程を明らかにした。 2 イディッシュ文化とコックニー文化の融合 第二次世界大戦後に自らの共同体を喪失したユダヤ人が、反ユダヤ主義と戦いながら、イギリス人とユダヤ人の両方のアイデンティティーを超越しようとする試みを、劇作家スティーヴ・バーコフの事例研究を通して分析した。 3 人種関係論的な位置付け マスとしての現代イギリスのユダヤ人を、宗教的共同体から人種的マイノリティーへの移行ととらえる定式化した見方を批判し、人種的アイデンティティーが実際には性的、宗教的、政治的アイデンティティーと複合的に影響しあうことを検証した。
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