1)現代人文社会科学の多くは、60年代末から70年代前半における社会情勢の中で、68年のフランスの「5月革命」に象徴されるように、既成の制度や学問への異議申し立て経て、現在にいたっている。人文地理学においては、それは第二次戦後の地理学の方法をリードしてきた英米系の理論計量地理学=実証主義地理学に対する批判というかたちで進められてきた。フランス語圏では、現代地理学の学をめぐる論争が、理論計量地理学の導入を契機として起こり、他諸国とは異なった特色を持っている。 2)フランス語圏の地理学者は、70年代前半の時代を「危機の時代」と捉え、それに対する地理学の無力を「地理学の危機」と認識した。これが、かれらの現代地理学の出発点である。したがってかれらの地理学に対する反省は、理論計量地理学におけるような方法の革新であるよりも認識の問題にあった。 3)ジュネーヴ大学のC.ラフェスタンが地理学認識論を説き、新しい理論地理学として「領域性」の概念を提唱するのもそのためである。(報告書には、ラフェスタンの地理学認識論と「領域性」の概念に関するノート、およびブレッソとの共著『労働・空間・権力』の翻訳を付した。) 4)「地理学の危機と危機の地理学」を表題に掲げ、ミッシェル・フーコーを創刊号に登場させたイーヴ・ラコストの『ヘロドトス』の発刊は、これまでのアカデミックな枠にとらわれていた地理学のイメージを一変させた。かれは、『地理学、それはまず戦争に役立つ』という衝撃的な著書を著わし、「空間戦略」としての地理学を提唱している。(報告書には、ミッシェル・フーコーと地理学、Y.ラコストの「空間戦略」の地理学のノートをのせている。) 5)現代地理学の学的構造をめぐる議論は、「空間」をめぐる議論と言っても過言ではない。本研究では、「地理学における空間の思想史」、および「F.ブローデルの空間概念」について報告した。
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