本年度は、大脳の皮質微小回路モデルの要素モデルとして、神経細胞の樹上突起がもつが複雑な空間構造を表現するための新たな神経細胞モデルを構成した。この神経細胞モデルでは、多様な空間構造を示す樹状突起上での細胞内ダイナミクスを、細胞体、および樹状突起上に点在する複数のシナプスサイトの局所的な活性度の相互作用として表現する。この簡略化により神経細胞の空間構造がもつ機能特性を損なうことなく、計算機シミュレーションにおける計算コストを抑えることができる。したがって、本モデルでは従来の精密な単一細胞モデルを採用することでは困難なような、皮質神経回路レベルの回路規模での計算機解析が可能となる。 また、この神経細胞モデルでは他の神経細胞からの情報入力を受け取るシナプスサイトが、神経細胞の樹状突起上に点在している。したがって本研究では、神経回路上の学習を駆動するシナプス可塑変化が(細胞内ダイナミクスに依存するものの)各シナプスサイトで局所的に生じると仮定した。ここでは、シナプスサイトにおけるカルシウムイオン濃度を想定した局所変数を用意し、この局所変数に基づいてシナプス部位で局所的に機能するBCMタイプの増強/減弱双方向性のシナプス学習則を与えた。また、この神経細胞モデルにおける局所的シナプス学習則によって、電気生理学的実験において観察されるシナプス可塑変化における二次のテンポラルコーディングが再現可能であることが確認できた。更に、これらの神経細胞モデルとシナプス局所的な学習則によって、神経細胞内ダイナミクスに関連した次のような現象について説明が可能となる。1.(複数)シナプス入力の時間相関がシナプス可塑と細胞内ダイナミクスへ与える影響、2.シナプス後細胞上のシナプス間相互作用による共同性のシナプス可塑(あるいはシナプス競合)、3.細胞体活動電位の逆伝播の存在とその影響、などである。
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