私達は今年度、丹沢山塊における微量ガス成分の濃度分布調査を行った。その結果、硝酸ガス等の濃度は大山より低いが大きな差は無く、ブナが枯れている南東斜面の方が高くなる傾向があるものの、斜面による差は小さいことが分かった。樹冠下の林内雨は林外雨より濃度が高くなるが、これはエーロゾルやガスの乾性沈着と霧の沈着の影響による。そこでそれぞれの寄与を見積もったところ、大山中腹ではガスの乾性沈着の影響が最も大きく、次いで霧水、粗大粒子、降雨の順であった。霧の発生頻度は標高の上昇と共に高くなるが、大気汚染物質の沈着量も標高とともに大きく増加し、標高が高い地域の樹冠ほど大気汚染物質の影響が大きい。さらに、樹冠沈着量の方角依存性を調べたところ、大山では関東平野に向かう南東側で北側より沈着量が非常に多いことが分かった。 丹沢山塊では大気汚染物質の影響が大山とおよそ同レベルであり、その影響は標高の高い南東斜面の樹冠で顕著である。大気汚染物質の植物影響を調べるため、ブナ苗木への酸性霧曝露実験を一昨年の秋より継続して行った。pH3の擬似酸性霧の曝露により葉の成長が悪くなり、擬似酸性霧の曝露により落葉時期がおよそ1.5ヶ月早まった。酸性霧による同様な影響はモミについても見られるが、衰退メカニズムとしてまずワックス層が破壊され、続いて細胞壁を構成する糖鎖の架橋の機能を持つ2価のカルシウムイオンが酸性霧等の水素イオンとイオン交換してはずれ、架橋が解けてカルシウムイオン、ホウ酸イオン、糖鎖が溶脱して来ることが分かった。以上のことから、大気汚染物質によりブナの成長は抑制され、さらには枯れる可能性が高いこと、大気汚染物質へのブナへの影響は大気汚染物質濃度だけでなく、霧の発生頻度、風向等に左右されるのでブナの立地条件に大きく依存する。
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