研究課題/領域番号 |
15H02106
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
芝内 孝禎 東京大学, 大学院新領域創成科学研究科, 教授 (00251356)
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研究分担者 |
水上 雄太 東京大学, 大学院新領域創成科学研究科, 助教 (80734095)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 反強磁性 / 電子ネマティック相 / 高温超伝導 / 電子相図 / 圧力効果 / 化学置換 / 有効質量 / 超伝導ギャップ |
研究実績の概要 |
本研究では、量子臨界点近傍の超伝導について着目し、量子臨界性に伴う様々な異常物性が超伝導にどのように影響を及ぼすかを明らかにすることを目的としている。平成28年度は、2種類の鉄系超伝導体に着目し、それぞれの量子臨界点近傍における超伝導について調べた。 まず1つ目は、ホールが過剰にドープされているAFe2As2(A = K, Rb, Cs)系について、Aサイトのイオン半径が大きくなるにつれて、電子比熱係数が増大することに着目し、電子の有効質量が発散的に大きくなる量子臨界性を示唆することを示した。これは、今まであまり着目されていなかった点であるが、電子比熱係数の絶対値では、量子臨界性について精力的に研究されているBaFe2(As,P)2の系に比べても大きく、重い電子系並みの値を示しており、反強磁性量子臨界点の近傍に位置していることが考えられる。この系の超伝導状態についてより詳細に調べるために、極低温における磁場侵入長の温度依存性の精密測定を行い、その結果、マルチバンドの一部にギャップのノードを持つこと、また量子臨界性による有効質量の増大が、超伝導ギャップが小さいところでより顕著になるというモデルを仮定したものでよく説明できることを示した。 2つ目は、Fe(Se,S)について昨年度に引き続き電子相図の決定を行い、等電荷置換により電子ネマティック相と呼ばれる大きな面内異方性を示す電子状態が抑制され、ネマティック量子臨界点が存在することを示した。これに対し、FeSeに圧力を印加すると、ネマティック相の抑制とともに圧力誘起の反強磁性相が出現し、その磁性相がドーム型の形状をしており、より高圧で磁性が抑制されることに伴い高温超伝導相が現れることが明らかとなった。さらに、現在Fe(Se,S)の圧力下の電子相図について詳細な研究を行っている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
まず、ホールが過剰にドープされているAFe2As2(A = K, Rb, Cs)系についての量子臨界性については、今まで議論されていた鉄系超伝導体母物質の反強磁性相を抑制することにより現れた量子臨界点とは異なり、過剰ドープした先に現れた新たな量子臨界点の存在を示唆するものであり、新規性が高い結果と考えられる。理論的には、今回の系は、鉄原子あたりの電子数が6である母物質にホールを過剰にドープした電子数5.5の系に当たり、ハーフフィルドの電子数5で期待されるモット絶縁相に近いため、そのモット絶縁相の反強磁性状態の終点に関連した量子臨界性である可能性が指摘されている。本研究はこのような鉄系超伝導物質の広範囲の電子相図の理解に非常に重要な知見を与えるものである。 また、Fe(Se,S)系については、Seと等電荷をもつSにより一部化学置換することで、化学的な圧力効果を与えることができるが、この置換では反強磁性相は現れない。これに対し、物理的な圧力効果では反強磁性が出現する。FeSeにおける物理圧力効果では、電子ネマティック相が完全に抑制される前に反強磁性が現れるため、ネマティック相と磁性相を分離することはできなかったが、Fe(Se,S)の圧力効果では、この2つの相を完全に分離することに成功した。またその間の非磁性正方晶相において、超伝導転移温度が大きく上昇することを発見した。この新しい高温超伝導相は、ネマティック量子臨界点における転移温度に比べはるかに高い転移温度を持つため、非磁性ネマティックゆらぎのみでは高い転移温度を得るには不十分であることを示唆する結果である。 以上のように、重要な結果を複数得たことから、当初の計画以上に進展していると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
平成28年度の結果を受けて、引き続き2つの鉄系超伝導体について、その電子状態相図をより詳細に決定することを目指す。 AFe2As2(A = K, Rb, Cs)系については、KFe2As2において核磁気共鳴の実験から、低温でネマティシティを示唆する報告があったため、その有無をより直接的なネマティック感受率測定により明らかにする。 また、Fe(Se,S)系については、化学置換量および圧力範囲をより広げて、温度ー置換量ー圧力の3次元相図を完成させ、この系の高温超伝導が電子相図上のどこに位置しているかを明らかにし、高温超伝導の鍵となるパラメータを見出すことを目指す。 さらに、鉄系超伝導体以外の系についても量子臨界性を調べる。特に銅酸化物高温超伝導体の擬ギャップについて議論され始めているネマティシティについて、磁気トルクやネマティック感受率測定を組み合わせて調べ、擬ギャップの終点における量子臨界性について調べる。
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