研究課題
本研究では、量子臨界点近傍の超伝導について着目し、量子臨界性に伴う様々な異常物性が超伝導にどのように影響を及ぼすかを明らかにすることを目的としている。平成29年度は、まず昨年度に引き続き、鉄系超伝導体Fe(Se,S)における化学置換と物理的圧力による電子状態の変化について詳細に調べ、特に構造パラメータの化学置換と圧力効果の違いを明らかにするとともに、温度-置換量-圧力の3次元電子相図を完成させた。その結果、反強磁性相の終点近傍で比較的高い超伝導転移を持つ超伝導が現れるのに対して、非磁性電子ネマティック相の終点近傍では、低い転移温度の超伝導しか現れないことが明らかとなった。この結果は、非磁性電子ネマティック揺らぎのみでは、高い転移温度の超伝導を得ることは難しいことが示唆される。また、この系における超伝導状態について、電子ネマティック相内の直方晶における超伝導と、S置換により電子ネマティック相が完全に消失した正方晶における超伝導でかなり異なる状態にあることがわかってきた。今後より詳細な研究により超伝導対称性の決定などを行う必要がある。さらに、鉄系超伝導体におけるホールドープの効果をより詳細に調べるために、過剰にホールがドープされたKFe2As2にくらべさらに有効質量が増大した系であるRbFe2As2に着目し、今まで単結晶の研究が報告されていなかった(Ba,Rb)Fe2As2の単結晶作製に成功した。今後、この系の電子状態の詳細を調べる予定である。
2: おおむね順調に進展している
まず、Fe(Se,S)系については、Seと等電荷をもつSにより一部化学置換することで、化学的な圧力効果を与えることができるが、この置換では反強磁性相は現れない。これに対し、物理的な圧力効果では反強磁性が出現する。FeSeにおける物理圧力効果では、電子ネマティック相が完全に抑制される前に反強磁性が現れるため、ネマティック相と磁性相を分離することはできなかったが、Fe(Se,S)の圧力効果では、この2つの相を完全に分離することができる。Fe(Se,S)のX線構造解析を行うことにより、化学圧力と物理圧力でいずれも格子定数は減少するが、カルコゲン原子の鉄の2次元平面からの距離の振る舞いが異なることが明らかとなった。化学置換では、この距離が減少するのに対し、物理圧力ではこの距離が増大する。この違いにより反強磁性が出現するか否かが決定されることが示唆される。さらに、温度-置換量-圧力の3次元電子状態相図を完成させた。その結果、高い転移温度を示す高温超伝導相が圧力誘起の反強磁性相の終点近傍にのみ現れることを明らかにした。さらに、Fe(Se,S)における精密比熱測定を行い、超伝導状態における比熱の温度依存性が電子ネマティック相の有無により大きく異なることを見出した。今後、直方晶と正方晶における超伝導対称性が異なるかどうかについて調べる必要性が明らかとなった。また、過剰ホールドープ系の(Ba,Rb)Fe2As2系の単結晶作製に成功した。今後これらの試料における電子状態の研究を進める。
平成30年度に明らかとなったFe(Se,S)の直方晶と正方晶における超伝導電子状態の違いについて明らかにする研究を進める。特に、電子ネマティック状態の有無が超伝導状態における電子状態にどのような影響を及ぼしているのかを様々な実験により明らかにする。特にこの系はフェルミエネルギーは非常に小さい電子構造を有しており、そのような電子状態における超伝導はBCS-BECクロスオーバー領域にあるということが指摘されており、それがネマティシティとどのような関係があるのかについて、解明を目指す。特に、BCS-BECクロスオーバー領域では、超伝導転移温度以上の常伝導状態において巨大な超伝導揺らぎが期待されるため、磁気トルク測定により反磁性成分の定量化を行い、超伝導揺らぎを評価する。また、平成30年度に作製に成功した(Ba,Rb)Fe2As2系について、輸送特性や熱力学特性の実験的研究を行う。特に、過剰ホールドープ領域では今まであまり明らかになっていないネマティシティの揺らぎを定量評価するために、ピエゾ素子を用いた弾性抵抗測定によるネマティック感受率の研究を行う予定である。
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すべて 国際共同研究 (6件) 雑誌論文 (9件) (うち国際共著 7件、 査読あり 9件、 オープンアクセス 3件) 学会発表 (7件) (うち国際学会 6件、 招待講演 7件) 備考 (4件)
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